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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
一話 デリラの魔性
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 結婚式当日に破局。

 よくある出来事とは言い難いが、職業柄何度か耳にしていた。まさか、牧師になって初めて司式した結婚式で起こるとは夢にも思わなかったが――何はともあれ、結婚式は強制的に終了した。指輪交換も牧師の勧告もライスシャワーも、その後行われる予定だった披露宴も中止になった。お役御免となった望は、親族の謝罪とブライダル会社からの謝礼と口止め料、行き場のなくなった引き出物のバームクーヘン五輪をいただいて帰宅したのであった。

 なお、肝心の謝礼は三万円だった。半日で三万円。拘束時間を考えたら美味しい仕事だ。台本通りに事が運んでくれれば。

(二度とやらん!)

 望は固く心に誓った。もともと気乗りしなかった仕事だった。いくら教会の財政が苦しかろうと、本物の牧師が結婚式の牧師の真似事なんて情けなさすぎる。

 聞けば参列者はもちろん、新郎新婦もキリスト教について全くのど素人と言うではないか。一体誰に向かって愛を誓っているんだ貴様らは。信じてもいない神に誓うくらいなら互いに誓い合ってろ。

 健やかな時だろうとそうでなかろうと命の限り結婚式の司式は拒否しようと決意を胸に、望は布団に入り、全てを忘れることにした。

 さて、記念すべき初の結婚式の司式を不本意な形で終えたわけであったが、暇そうに見えて牧師は忙しいのである。毎週日曜日の礼拝説教。教会案内の作成と配布。水曜日の祈祷会の準備。聖書研究会に向けての資料集め。その他、地域活動への貢献と業務は多岐にわたる。

 自分の結婚式ならばともかく他人の結婚式など帰って姉に報告した時点で『今日あった出来事』で、一週間もすれば『懐かしい思い出』になり、一ヶ月後には『ただの記録』と成り果てる。

 今回の結婚式も同じ運命をたどるはずだった――その後、何事も起きなければ。



 次に『何事か』が起きたのは、結婚式から二週間ほど経過した火曜日の昼前だった。

 その日、次週の説教を考えがてら、望は買い物に出かけていた。駅前のスーパーでタイムセールの卵お一家族一パックを入手し、トイレットペーパーを補充し、今晩のカレーに必要な具材を、姉の指示通りに調達。

 次に書店に立ち寄って、新作のミステリー小説を一通り物色する。

 帰り道にある公園のベンチに腰掛けてひと息。隣のベンチではベビーカーを押すママさん方が数名、仲良く談笑していた。駅から歩いていける距離なだけあって人は多い。

 しかし礼拝出席者は年々減っているのが現状だ。少子高齢化はどこの教会でも頭を悩ませている。新規の、特に若い信者獲得が要。

 見覚えのある白い顔の女性を見かけたのは、親子向けの催し物を教会でやったらどうかと望が思いついたその時だった。

 長袖のストライプシャツに足元まで包み込むフレアスカート。頭にはつばの広いスワローハットと某アルプスの少女を彷彿とさせる格好だった。

 相手もこちらに気づいたらしく、お互いに小さく会釈した。そのまま去るかと思いきや、彼女は望の座るベンチまでやってきて改めて挨拶した。

「お久しぶりですね、澤井さん」

「覚えていてくださったのですね」彼女は口元を緩ませた「その節はどうも」

 まだ二週間である。忘れるには強烈過ぎる思い出だ。

 中止になった結婚の花嫁もとい澤井綾乃は、相変わらずやや血色の悪い顔をしていた。表情のせいかもしれない。あからさまに気落ちした様子は見せないが、どことなく浮かない様子だった。

「お近くにお住まいなのですか?」

 先日の結婚式については触れまいと当たり障りのない質問をする。

「いいえ、実家は和光市でして」

 車ならば二十分もあれば着く距離だ。さほど遠くはないが、用事もなく足を運ぶほど近くもない。

「先ほど教会に伺ったのですが、先生がお留守のようだったのでどうしようかと思っていたのです」

 これは意外。望に用があってやってきたらしい。

「私に?」

「折り入ってご相談したいことがありまして」

 望は眉をひそめた。彼女と会うのはこれで二度目。結婚式の日に会ったのが初めてで、あくまでもお客様と雇われ牧師という、その場限りの関係だったはず。折り入ってご相談される間柄では決してない。

「先日の結婚式の件で」とまで言われてしまえば、無関係だとむげに断ることもできない。教会は悩める子羊を見捨てたりはしないのだ。

 望は綾乃に断ってから姉にメッセージを送った。すぐさま了承の言葉が返ってきた。ついでにお湯を沸かしておくようお願いすれば『お茶請け用意するね』と気の利いたご返答。さすがは我が姉である。

『この前のバームクーヘン残ってるよ』

『やめて、それだけは』


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