十一
イサクとリベカには二人の息子がいた。兄のエサウと弟のヤコブ。
正確に言うと、この二人は兄弟ではなく双子だ。リベカの胎の中でも互いに押し合っていたというのだから確執は根深い。たまらず助けを求めたリベカに、神は「二つの民があなたの腹の内で分かれ争っている。一つの民が他の民より強くなり、兄が弟に仕えるようになる」と告げたとか。
神の言葉通り、なんとか無事に生まれた双子。父のイサクは狩人となったエサウを愛した。家督を継ぐ長子という理由もあるが、エサウが獲ってくる肉が好物だったらしい。そして母のリベカは天幕で作業をするヤコブを愛した。
望は説教台で広げていた聖書を閉じた。静まり返った礼拝堂はそんな小さな音でさえも大きく響く。明かりも消しているので、窓から差し込む太陽の光だけが一部分を照らし、まるでそこだけが聖別された場所であるかのようだった。
今になって、創世記のこの箇所が思い浮かぶのはどうしてだろう。峰崎教会での夏季伝道で行った、望の最初の礼拝説教箇所がこの部分だったからか、それとも――望は礼拝堂を後にした。教会用玄関のインターホンが鳴ったからだ。
――それとも、この姉妹と重なるからだろうか。
「度々呼びつけて悪いね」
「いいえ、今日は暇ですから」茶目っ気たっぷりに穂紗奈は言った「でも約束、忘れないでくださいね」
「『アフターヌーンティー』のスコーン、だっけ?」
「それと紅茶のセット」
「了解。後日セッティングしよう」
来週は、いわゆる『給料日』があるので多少の贅沢はできるはずだ。
穂紗奈を礼拝堂に招き入れた。人気もなく、薄暗い礼拝堂は中に入っただけでどこか別世界に足を踏み入れたような気にさせる。穂紗奈は「へえ」と声を漏らした。
「綺麗ですね。厳粛な雰囲気もしますが、木の温かみも感じます」
「それはどうも」
「ところで、今日は一体何のご用ですか?」
礼拝堂に規則正しく並べられた椅子の一つに穂紗奈は腰かけた。
「もちろん、この前君から出された問題の回答を一つ、するためさ。謎解きには出題者に立ち会ってもらわないと。正解を知っているのは君しかいないんだから」
何故、渡辺穂紗奈は森花音に『王者』の原稿を渡したのか。
「君からの問題を解くには、まずいくつかの小さな疑問を解決させなきゃならない」
望は礼拝堂の照明をつけた。
「私の記憶が正しければ、君は中学一年生の夏に峰崎教会の日曜学校にやってきた。たまたまレポートを書くために教会に来ていた森花音と親しくなって、アイディアノートを交換する仲になった」
頷いた穂紗奈に望は言った。
「それは嘘だよ」
「どこが?」
「君はたまたま峰崎教会に来たんじゃない。花音ちゃんに会うために来たんだ」