九
(あの子、ああいう娘だっけ?)
ちょっと見ないうちにずいぶんとおしゃべりになった。子供のような無邪気さを見せたかと思えば、大人じみた苦笑いを浮かべたり、毅然とした態度を見せる。ただ、そのアンバランスさが、望には哀しかった。
穂紗奈が去った後も望は喫茶店内にいた。紅茶のお代わりを注文し、アイディアノートをめくる。渡辺穂紗奈と森花音。性格も境遇もまるで違う二人が何故交換ノートをしていたのかがいまだに謎だった。穂紗奈の口ぶりからして『王者』シリーズを譲ったのは単なる善意でもなさそうだ。
望はアイディアノートを閉じた。無意識に表紙をなぞっていた指を止める。渡辺ほさな。
(待てよ)
スマホを取り出し、姉にメッセージを送信。すぐさま了承の返事が返ってきた。二人目の待ち人がやってきたのは、ちょうどその時だった。
「お呼び立てして申し訳ございません」
KANNOの担当編集者、加藤仁だ。いつもと変わらずスーツ姿だった。
「とんでもない。ありがとうございました」
ウェイトレスにコーヒーを頼んで席に着いてすぐ、加藤は頭を下げた。その視線の先には望の手元にあるアイディアノート。
「いいえ、結局大してお力にはなれませんでした」
「十分です」
顔を上げた加藤は微笑んでいた。
「的場さんがいらっしゃらなければ、渡辺さんは会ってもいただけなかったでしょう」
違和感が頭を擡げた。説得に失敗したというのに、落胆の色が全くうかがえないのだ。大して期待していなかったのとは違う。これではまるで、自分の思い通りに事が運んだみたいではないか。
何故、と思った途端、望の中に抑えがたい衝動がわき起こった。駄目だ。止めようとする理性をたやすく呑み込み、それは発動した。突然の加藤の訪問。試すかのような穂紗奈の態度。頑として表に出ようとしない花音。パズルのピースが合わさり、完成図を描く。
「穂紗奈さんと接触することが目的だったんですね」
言葉が衝いて出た。
「いきなり何を」
「担当編集者ならゴーストライターのことはすぐに気づいたはず。それでも『王者』シリーズの原稿があがってくる間は良かった。いくらで買っていたのかは知りませんが、KANNOの代表作と呼ばしめ、映画化の話まで出ているくらいだから十分、元は取れていたのでしょう」
しかし、映画化を目前にして『王者』が途切れた。穂紗奈と連絡も取れなくなった。
「もともと穂紗奈の連絡先は花音しか知らなかった。だからあんたは、今回のことを機に自分と穂紗奈が直接つながるようにしたかった」