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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
二話 ヤコブの羨望
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「中を見ても?」

「ダメ。黒歴史だもん」

 気持ちはよくわかる。小学、中学の頃の自分なんて思い出したくもない。

「最後のページだけなら」

 お言葉に甘えて後ろからめくってみる。四分の一ほど戻ると『王者』と殴り書いたページに行き当たった。多少の齟齬はあるものの、望の知る『王者』シリーズのキャラクター設定や人物相関図、大まかなプロットが書かれていた。

「へえ、ニーアマイアは男だったんだ」

 出版されている『王者』では主人公の良き友人であり、女性だ。それがこのアイディアノートには男と記載されていた。

「最初はそのつもりだったんですけど、凛とした女性がいてもいいかな、と思って」

「主人公の見本になるような?」

「そうそう。いいコンビでしょう?」

 顔を見合わせてはしゃぐ穂紗奈。年相応の無邪気な姿だった。

「先生も『王者』読んでたんだ」

「君のファンですから」

 パフェを攻略していたスプーンが止まった。

「たしかにネタは考えましたが」

「ついでに本文も書いたんだろ? 申し訳ないけど、花音ちゃんに『王者』を書けるほどのボキャブラリーも構成力も知識もあるとは思えない。絶対に無理だ。教会レポートだって私が手伝ってたくらいなんだから」

 今でこそ言える森花音の黒歴史だ。

 一麦女子学院中学校で、定期的に出される教会レポート。礼拝に出席した感想と説教の要約を書くだけのものだが、森花音はいつも苦戦していた。

 頭が悪いというわけではない。ただ、キリスト教に対して絶望的に関心がなかった。そんな彼女が、他ならいざ知らず聖書の預言者の名が出たり、旧約聖書の奇跡をモチーフにした『王者』を書けるはずがない。元ネタが穂紗奈だったとしても無理だ。表現力がまるで違う。

「四部作シリーズの最終巻をメモがないと一ページも書けないというのも無理がある」

「そうですね。仮にも作家ならもう少しリアリティのある、もっともな言い訳を考えてほしいものです」

「配役もおかしい。友達にノートを返してもらうなら自分が行くだろ普通。なんで編集と牧師が奔走しているんだ」

「たしかに不自然です。プロットから練り直す必要がありますね」

 穂紗奈はどうぞお持ちください、と言わんばかりに手のひらを向けた。

「いいの?」

「私には必要のないものですから。それにネタを知ったところで書けるとは思えませんし」

 やれるものならやってみろ。

 穂紗奈は艶然と微笑んだ。およそ女子高生には不釣り合いな挑発的な笑みだった――吐き気がした。思い出したくもない奴を彷彿とさせる、その笑み。

「一ファンとしては、ぜひとも完結させてほしいのだけれど」

「森さんに頼んでみたらいかがですか」

 つまり穂紗奈には書く気がないということ。

「どうしても?」

「大学通えるなら考えますけどね」冗談めかして穂紗奈は舌を出した「パフェ一つじゃダメです」

「ダメか」

「そこまで安くはないですね」

「いくらだったんだ」

「え?」

「シリーズ既刊の三巻、まさか無償でKANNOに渡したとは考えにくい」

「おあいにく様、そのまさかです」

 穂紗奈はきっぱりと言った。怯むことなくこちらを見つめる眼差しには、大人にも負けないくらいの意志の強さが見てとれた。

「パフェ、ご馳走さまでした」

 空の器とスプーンを置いて、席を立った。これ以上は話すつもりはないという意思表示だ。

「タイトルは決まってたのか?」望は小さな背中に投げかけた「完結巻のタイトル」

 穂紗奈は振り返った。ころころと笑って首を傾げた。

「さあ?」

「教えてくれてもいいんじゃないかな。パフェ奢ったんだから」

 少しだけ考える素振りを見せて穂紗奈は口を開いた。

「……なげき」

「嘆き」

 望は復唱した。その意味を噛み締めるように。

「そう、『嘆きの王者』よ。出版されない可哀想な四作目――ねえ先生」唐突に穂紗奈は言った「先生は昔、使徒探偵って呼ばれてたんでしょ?」

 望の頰が引きつった。一番掘り起こされたくない望の黒歴史だ。

「ええ、まあ、そうらしいね」

「じゃあこの謎を解いてよ。どうして私が原稿をタダであげたのか」


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