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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
二話 ヤコブの羨望
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「そうそう、三杉が『よろしく』だってさ」望は努めて明るく言った「チーズケーキ、喜んでたよ」

「彼も相変わらずねえ……」

 扉越しにだが、姉の希の浮き立つ気配がうかがえた。

 ドアポストからプリントアウトされた紙が二枚差し出される。

「調べておいたよ」

「ありがとう」

「でも、ずいぶん苦労してるみたいね」

 望は書類にざっと目を通した。KANNOもとい森花音の経歴だ。ネットで辿れる範囲だがSNSが普及した昨今は、名前を検索しただけでもかなりの情報を入手することができる。

 概ね三杉が言っていたことと同じだった。

 五年前、KANNOは青竹ファンタジー大賞という新人小説大賞を受賞してデビューした。若干十二歳の女子中学生が小説大賞受賞。すぐさまシングルマザーに育てられたという彼女の生い立ちが発表され、不遇な若過ぎる新人作家を応援するムードが世間に蔓延した。

 版元も強気の営業戦略を立て、最速の出版化を敢行。歴代の青竹ファンタジー大賞受賞作は手に取りやすい価格の文庫本で出版されていたのだが、KANNOの受賞作『マーメイド・プリンセス』は本体価格千三百円の単行本で出版されることになった。

 話題が話題を呼び『マーメイド・プリンセス』は予約殺到。単行本では異例の五十万部を突破した。

 しかし、その後が悲惨だった。

 発売前から書評家達の間で噂されていたが、受賞には到底値しないレベルの作品であり、話題集め目的での受賞と揶揄されたのだ。受賞から出版までの期間が短かったことも災いした。ろくに編集も改稿もされないまま出版してしまった作品には、誤字脱字さえ複数箇所あったという。

 内容を読んだ一般読者の評価も書評家達と概ね変わらなかった。ネット小説ならばまだしも、仮にも文学賞の、賞金五百万円の大賞を受賞するには値しない。KANNOと商業主義を隠そうとしない版元には非難の嵐が吹き荒れ、ネットの書評サイトでは「こんなものに千三百円の価値はない」だの「金と時間を返してください」だのと『マーメイド・プリンセス』への罵詈雑言が書き連ねられた。

 追い討ちをかけるかのようにKANNOの母親がバツイチの男性と婚姻関係にあることが発覚し、母子家庭に同情的だった一般の方々でさえも敵に回した。

 不幸中の幸いだったのは、当時は中学生だったため森花音という本名は公表されなかったことと、すぐさま私立中学校へ転校したことだ。KANNOはともかくとして森花音自身は無傷で生活を送ることができたのだ。でなければあそこまで快活な女の子には育たないだろう。

 とはいえ、デビュー作が散々叩かれた上にすぐさま新古書店に大量入荷されてしまったのだ。KANNOの作家生命は風前の灯火だった。そのまま作品と共にフェードアウトする――かと思いきや『マーメイド・プリンセス』発売から一年後にKANNOは受賞後第一作となる『森の王者』を発表した。前科のある作家には厳しい出版業界。初刷部数はデビュー作の十分の一以下だったが、じわじわと売り上げを伸ばし続けた。高名な書評家の目にも留まるようになり、ついには読書家で有名なタレントがSNSで紹介したことから人気に火がついた。シリーズ二作目以降の『星の王者』、『砂漠の王者』もそれぞれ三十万部を超えるヒットとなり、KANNOは再び輝きだしたのだった。

「それで、渡辺さんには何て送ったの?」

「正直にありのままを」望はKANNOの波乱万丈な経歴を折りたたんだ「チーズケーキとお茶をご馳走するから、少しお話ししませんかとお誘いしました」

 編集の加藤にも連絡しなければ。望は以前もらった加藤の名刺を取り出した。


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