四
「……お前、俺は暇だと思ってるだろ」
事前連絡もなく押しかけた望を、三杉は冷めた目で出迎えた。
日曜日の礼拝説教を昨日終えたばかりというのもあって、完全に私服姿だ。ご当地キャラがプリントされたTシャツにジャージのズボン。ニートの引きこもりを彷彿とさせるダサい格好だった。
「少なくとも月曜日は暇だと思ってる」
望は白いケーキ箱を掲げた。武蔵浦和教会の近くにあるチーズケーキ専門店のベイクドチーズケーキ。三杉が身構えた。
「季節限定のか?」
「イチゴチーズケーキだ」
「よし。紅茶を淹れよう」
快く牧師館に招かれた望は、早速チーズケーキを切り分けた。
三杉が用意したインスタント紅茶で一息。なんとなく「お前んとこ、最近どーよ?」という同期ならではのフランクな近況報告をし合い、昨今の会員数減少に伴う資金不足を嘆き合う。
ついでに先日、峰崎教会でささやかに行われた酒井康史と澤井綾乃の結婚式の話が出る。
「お前にくれぐれもよろしく伝えてくれだとさ」
司式をした三杉が言う。
綾乃は武蔵浦和教会での挙式を希望していたが、一度破談になった結婚式の司式をした牧師が再び司式をするのもあまりよろしくないという理由で、望が断ったのだ。代替え案として出したのが、峰崎教会での結婚式だ。幸いなことに峰崎教会のある練馬区田柄は、綾乃の実家である和光市に近い。事情を説明したら三杉が快く司式を引き受けてくれたこともあり、酒井夫妻の結婚式は無事に執り行われたのだった。
「この前、綾乃さんから手紙もらったよ。いい結婚式だったらしいね」
「親族だけだからまあ、大したことはしてないが」三杉はチーズケーキの最後の一口を頬張った「悪くはなかったんじゃねえの」
「どうもありがとう」
「いや、こっちも謝礼もらって助かった」
お互いに利益があるのならばよしとしよう。
「立て続けに悪いが、今日もまた一つ頼みが」
「森花音の件ならこっちにも来たぞ」
案の定、加藤はすでに三杉にも依頼していたようだ。
「心当たりがあったのか?」
「加藤には言ってねえけど、四年前の日曜学校生徒の名簿を見ればそれらしき女の子の名前はあった。どうせお前も覚えてんだろ?」
望は小さく頷いた。加藤は牧師という人種を読み違えている。四年前のたった三ヶ月だろうと、牧師は教会で出会った人の顔と名前は大概覚えているのだ。
当時神学生だった望も同様だ。夏季伝道中につけていたノートには、峰崎教会の教会員の名前や特徴が記してある。早く顔と名前を一致させるためだ。
もちろん、森花音のことも覚えている。
一麦女子学院中学校の女子生徒。出席カードのために峰崎教会の日曜学校礼拝に出席していた。私立中学校に通うだけあって、海外ブランドの洋服をいつも身にまとっていた。活発で、自己主張もできる、一目でお嬢様とわかる少女だった。
「『ほっちゃん』は、たぶん渡辺穂紗奈さんのことだよ」
「やっぱそうか」
彼女以外に名前に「ほ」がつく女の子はいない。
「でも、加藤には教えなかったんだな」
「当たり前だ」
三杉は憮然とした表情で言い放った。
「個人情報の秘匿が叫ばれているこの状況で、身内ならまだしも教会外の人間にほいほい教えられるか」
時々忘れそうになるが、望は牧師であって探偵ではない。三杉も同様だ。信徒及び求道者の不利益になるようなことは決してしてはならないのだ。
「カンノだがカノンだが知らねえが、たかだか高校生の小説程度に大げさなんだよ」
「読んだことがあるのか?」
「阿呆らしくて読む気も起きねえよ」
三杉は切って捨てた。食わず嫌いとは彼にしては珍しい。
「現役女子中学生が小説賞受賞。デビュー当時はもてはやされたが、蓋を開けてみればライトノベル好きの素人に毛が生えた程度の作品だった。なまじ話題になっただけに落胆も大きく、本人への風当たりも強かったみたいだぜ」
いやに詳しかった。望の視線をどう解釈したのか、三杉は「ネットで一時期騒がれていたからな。俺も読んだんだよ。デビュー作だけで断念したけどな」と言い訳がましく付け足した。