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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
二話 ヤコブの羨望
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「それで話というのは」

 お茶を一口すすってから望は話を切り出した。

「編集の方が何の御用ですか?」

 加藤は鞄から書籍をいくつか取り出してテーブルの上に置いた。

「KANNOという小説家をご存知ですか? 五年前に現役女子中学生がファンタジーの小説賞を受賞して、結構話題になったんですけど」

 差し出された文庫本の表紙には『マーメイド・プリンセス』という題名と女の子受けしそうな綺麗な人魚のイラストが描かれていた。手に取って数ページめくってみたが、覚えがない。頑張って記憶の奥深くを探ってもKANNOという名前はおろか『マーメイド・プリンセス』という小説にもゆき当たらなかった。

「すみません。あまりこういった小説は読まないもので」

 加藤は表情を曇らせたが、めげずに「では、こちらはいかがでしょう?」と次の本を出した。望は声を漏らした。

「なんだ。『王者』の作者か」

 正式名称は『森の王者』だ。天涯孤独の少女が成長し、一国の王として生きる様を描いたファンタジー。『森の王者』から始まり、これまで三作が刊行されている。題名全てに『王者』が付くことから『王者シリーズ』とも呼ばれている。

「お読みになったことが?」

「このシリーズなら、今のところ全作」

 丁寧な描写と人間味溢れる登場人物が魅力の正統派ファンタジー小説だ。

 望に限らず、小学生から大人まで幅広い年代に支持されている。噂では、あと一作でシリーズが完結するらしい。

「映画化の話も出ています。デビューからKANNOは私が担当している作家なのですが、一番の人気を誇るのがこのシリーズですね。一作目の『森の王者』が出版されてから三年でシリーズ累計百万部突破。間違いなくKANNOの代表作でしょう」

 加藤は誇らしげに胸を張る。担当編集者としても鼻の高いことなのだろう。

「それで、私に何の御用ですか?」

 喜ばしい話だが一向に主旨が見えなかった。加藤はため息を漏らし、肩を落とした。

「完結しないんです」

 打って変わって力のない声。望は目を数回瞬いた。何が、とは聞くまでもない。『王者シリーズ』だ。そういえば三作目の『砂漠の王者』が出版されてから既に二年が過ぎている。

「それはまた、どうして」

「わかりません。頼み込んでも『書かない』の一点張りで」

「スランプとか?」

「他の作品は書かれています。『王者』だけなんです。話の大筋すらおっしゃらず、一枚もお書きにならない。……こう言っては失礼なのですが、先生のご作品で今一番売れているのは『王者』です」

 望は顎に手を当てた。出版業界に詳しいわけではないが、心情は察せられる。面白くもない作品をいくら出されても困るだけ。しかし断ってKANNO先生にへそを曲げられたりでもしたら『王者シリーズ』の完結も望めなくなる。

「ところが先日、そのKANNO先生からご連絡をいただきまして、内密でとある友人を探してほしいとお願いされたのです。なんでも中学生の時に交換し合っていた創作ノートを貸してほしいそうです」

「そこに『王者』の元ネタが書いてあったとか?」

「まさに、その通りです」加藤は力強く頷いた「詳しく話を聞いたら、どうもその友人とは喧嘩別れしてしまったようです。今さらノートを返してほしいとは言い出せず、うやむやのままにしていたそうで」

「名前は?」

「本名は森花音と言います。現役の女子高生なので他言無用に願います」

「いや、そっちじゃなくて、友人の方」

「わかりません」

 至極当然のことのように断言され、望は一瞬固まった。

「わからない?」

「覚えていないそうです。なにぶん四年前のことですから」

「創作ノートを交換するほど心許していた友人の名前を、ですか」

「『ほっちゃん』とあだ名で呼んでいたそうです。峰崎教会の日曜学校礼拝で何度か顔を合わせるうちに親しくなったそうです。当時は花音と同じ中学生で、物静かな女の子だったと言っていました」

 何故自分に依頼がきたのかを望は理解した。

 四年前、峰崎教会の牧師だった井藤先生は近畿の教会に招聘されている。峰崎教会の現牧師の三杉は当時を知らない。

 現在、関東で四年前の峰崎教会日曜学校の生徒を知っているのは、峰崎教会の日曜学校教師か当時夏季伝道で訪れていた的場望(元神学生)だけ、となる。

(とは言ってもねえ……)

 名前は全く覚えていない。学校はおろか学年すら定かではない。わかっているのは自分と同年代の少女で、四年前に峰崎教会の日曜学校礼拝と分級に何度か出席していたことだけ。

 壊滅的に情報が少ないことも相まって、望のやる気は早くも失われていた。

 そもそも探し人の依頼をするのに、本人ではなく担当編集者が来るというのも気に食わない。少しでも情報を提供しようとは思わないのか。探す気があるのかと問いただしたくなる上に、人としても失礼だ。

「四年も前のことなので、難しいこととは思いますが、なんとかその友人と連絡が取れないでしょうか?」

 望は部屋の外に視線をやった。

 ガラス張りの会議室からは、中の様子を興味津々と窺っている教会員たちの姿が丸見えだ。勝手に会話を聞いていることを悪びれるどころか、野球の監督よろしく身振り手振りで『受けろ、依頼』とサインを飛ばしてくるのだから、たまったものではない。

「……記憶を探ってみます」

 感謝の言葉と共に深々と頭を下げる加藤を、望は複雑な思いで見た。

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