二
『改める』と言っていたのだから午後にもう一度電話があるかと思いきや、加藤なる人物は直接教会にやってきた。
「はじめまして。私、若竹出版の加藤と申します」
歳は三十を少し過ぎたくらいだろう。中肉中背をスーツで包んだ様はどこにでもいるサラリーマンだ。差し出された名刺には『若竹出版 第二編集部 加藤仁』とあった。
「突然押しかけてしまい、すみません。今日の午後でしたら、比較的お時間が空いていると伺ったものでして」
「編集部の方が、私に何の御用で?」
望は名刺をしげしげと眺めた。
「的場望神学生ですよね? 以前は峰崎教会にいらっしゃった」
「的場望『牧師』です」
穏やかだがしっかりとした口調で恵子が訂正した。加藤は怪訝そうに眉を寄せる。
「牧師、ですか……?」
「去年正式に就職しまして、牧師になりました。以前はおっしゃる通り、神学生でしたが」
望が補足すると、加藤は合点がいったように頷いた。
神学生と牧師の違いもわからない所を見ると、キリスト教関連の用ではないようだ。
牧師になる道はいくつかあるが、一般的なのは神学校に通って、卒業後に教師試補試験と教師試験に合格することだ。望も三杉達と共に神学生として神学校に通い、牧師になった。
「峰崎教会には私が神学生の時に、夏季実習でお世話になりました。その件で何か?」
とはいうものの、夏季実習は四年も昔のことで、その期間も三ヶ月程度だ。
心に残っているのは実習最後の説教実演――峰崎教会で望が説教をした日、よりにもよってその礼拝の最中に、教会員がバッグを盗まれるという騒動が起きたことぐらいか。窃盗犯は教会を出ることなく望にとっ捕まえられ、当時峰崎教会の牧師だった井藤先生に三時間近く人生と神の救いについて懇々と諭された。
その後、窃盗犯がどうなったのかは知らない。未成年だったのと初犯だったので警察には突き出していないと思う。
「的場牧師に折り入ってお願いしたいことがありまして、伺いました」
と、いきなり頭を下げられても応えようがない。望は恵子と顔を見合わせた。
「話が見えないのですが、おそらく私ではあまりお役には立てないかと」
「もちろんタダでとは申しません。ご協力いただけたら些少ですが御礼を差しあ「ぜひ詳しいお話を伺いたく存じます」
止める間もなかった。
勝手に承知してしまった恵子は早速、加藤を会議室へと案内する。挙句、遠巻きに様子を見ていた教会員が、気を利かせてお茶とお菓子のセットを加藤の前に出す。もはや門前払いという選択肢は残されていなかった。
「望牧師、よろしくお願いします」
トドメとばかりに、教会会計を担っている恵子に肩を叩かれてしまえば、望は泣く泣く依頼を受ける他ない。今日の礼拝出席者が三十人程度となればなおさらだった。献金が足りない場合は、支出を減らすか別収入で補填するしかないのだ。