十七
「ミコ、ちゃんとご案内してないの? 定番の観光名所くらい案内して差し上げないと……せっかく北海道までいらしたのに、お可哀想に」
「そのつもりだったのですが」
尊は言い訳をしそうになって口を閉ざした。
旅行前日までは、望の機嫌は悪くなかった。鼻歌交じりにガイドブックにドッグイヤーをしたりと楽しみにしていた。尊とて望の目が離れた隙に折り目をつけたページを確認して「白い恋人パーク」や「羊ヶ丘」など望が行ってみたいらしい観光名所を案内できるよう下調べはした。
初日「オリオン」に乗った時も望はきょろきょろと周囲を興味深げに見回していた。決して悪い雰囲気ではなかった。
様子がおかしくなったのは、いざ札幌に近づいた頃、正確には寝台列車で一晩を明かした頃だ。やはり黙って放置したのがいけなかったのだろう。
「あなたらしくもないわね。その手のあしらいはお得意でしょうに」
「面目次第もございません」
肝心の望は尊の自分勝手さを責めることなく、あっさりと個人旅行に切り替えてしまった。札幌駅到着早々、ガイドブックと睨めっこしつつスーツケースを引きずって一人まわろうとする望を見て、尊はようやく自分の失態に気がついた。
ホテルに荷物を預けるということも知らない――全く旅慣れていない。ガイドブックを読んではいるが、詳細な観光プランを立てているわけでもない。細かい点は地元出身の尊に確認すればわかるだろうという目論見があったのだと伺えた。そんな彼女を、自分はフォローもせず放ってしまった。
結果、望は頼まれごとついでのひとり旅だと勘違いしている。これでは何のために一日余裕を持たせたのかわかったものではない。
が、全ては後の祭りだ。物分かりが良過ぎるのも考えものである。いっそ気遣いが足りないと怒られた方がマシだった。
謝罪はおろか勘違いを修正する機会すら与えられないまま、実家まで来てしまった。このままでは帰りもひとり旅で終わる。最悪だ。手強い小姑を毛ガニとルイベで懐柔して、ようやく引き離したというのに。
「今からでもお誘いしてきなさいな。牧師先生でしたら三浦綾子記念館はいかが? 北海道にいらしたのに海鮮丼もジンギスカンもチャンチャンコも食べないなんて勿体無いわ」
「ですが」
「私のことを気にすることはないわ。晩餐は明日でしょう? 積もる話はその時にでも」
祖母の目が悪戯っ子のように輝いた。
「明日、楽しみにしているわ」
「お気遣いありがとうございます」
厚意に甘えて、尊は部屋を辞した。待合室の隅で座っている望を見つけて声を掛ける。
「もう終わったの?」
「ええ、お待たせしました」
「二年ぶりなんだろ? もう少しいてあげた方がいいんじゃないの。積もる話もあるだろうし」
牧師なだけあってその心遣いは大したものだ。しかし尊は首を横に振った。
「お祖母様があなたにくれぐれもよろしくとおっしゃっていました」
「それはご丁寧にどうも」
望はぺこりと頭を下げた。
「私なら気遣いは無用だよ。三浦綾子記念館でも行ってくるから」
パンフレットを指し示す。観光名所なので所々に案内板もあるし旭川駅からも一本道なので迷うことはほぼない。一人で十分。つまり、尊なんぞ不要ということだ。
早速くじけそうになった自分を叱咤して、尊は余裕のある笑顔を作った。
「ご案内します」
「いや、だから大丈夫だって」
「君が迷うなんて思ってませんよ。でも私に案内させてください」
駄目押しのつもりで下手に出る。
「私の顔を立ていただけますか?」
差し出された尊の手を不思議なものを見るかのように眺めていた望だったが、やがて納得した。
「まあ確かに不自然だよな。交際相手を放っておいてたら」
思い通りに事が運んだのに、尊は釈然としなかった。
また何かを間違えたような気がする。