十六
礼拝を終えた望と旭川駅前で合流し、祖母の住まう共同住宅に向かった。建てられてから十年も経っていないので外装は無論、内装も綺麗なグループホームだ。共同スペースの他、各入居者には広めの個室が与えられている。
受付で面会の申し入れをし、部屋を訪れる。編み物をしていたようだ。望が挨拶すると祖母の朋恵は、編みかけのレースを机に置いて、大層喜んだ。
「まあ、尊がこんな可愛らしいお嬢さんを連れてくるなんて。嬉しいわあ」
「あ、いえ、私は」
「彼女は友人ですよ。たまたま旭川に用があったので一緒に来ました」
望は驚いた顔でこちらを向く。男の恋人設定はどこへいった。そう言いたいのだろうが、祖母の手前口には出さない。察しがよくて助かる。
「北海道は初めて?」
「幼い頃に家族旅行で一度札幌には行ったことがあります。ですが旭川は初めてです」
「それでは楽しんでいらっしゃいな。旭川も札幌に負けないくらい魅力的な町よ。雪の美術館にはもう行かれました? 常盤公園にカムイの杜、旭川には旭山動物園以外にも楽しい所がたくさんあることをぜひ知っていただきたいわ」
紹介されても旭川に到着してからずっと尊に付き合わされている望にわかるはずがない。内心困っているのが尊には見て取れた。今さらだが祖母への挨拶が済んだらどこか適当な観光名所を案内しようと心に決める。
尊の内心を知る由もない望は取り繕うように笑顔を浮かべた。
「ゆっくり堪能させていただきますね。ところでこの度、米寿をお迎えになったそうで……おめでとうございます」
「ご丁寧にありがとうございます。本当に月日が経つのは早いものね。でも遥々尊がお祝いに来てくれるのなら、歳を取るのも悪くはないわ」
望と視線が合う。彼女もまた祖母の口ぶりに違和感を覚えたようだ。
「こちらは、お祖母様が送ってくださったものではないのですか?」
招待の葉書を差し出せば、朋恵は首を傾げた。葉書を手に取ってしげしげと眺める。
「私ではないわ。名前が違いますもの」
指差したのは差出人の『永野』朋恵。仮にも旧姓を「違う」と言い切る辺りに祖母の怒りが垣間見えた。
「『あの人』ではなくて?」
朋恵の元夫ーー尊にとっては祖父にあたる永野雄介のことだ。たしかに雄介ならば勝手に元妻の名を騙って自分を誘き寄せることぐらいやりかねない。
件の葉書をひっくり返したり、光に当てて透かしたりしていた望が「あ」と小さく声を漏らした。
「どうかされましたか、的場牧師」
「いや、あー……では、私はこれで失礼いたしますね。どうぞごゆっくり」
引き留める間もなくそそくさと望は退室してしまった。取り残される格好になった二人は顔を見合わせた。