十五
「ご明察。ルイベと鮭とばと毛蟹目当てだよ」
「誤魔化すのが上手くなったね」
望は鼻を鳴らした。嘘はついていない。
「希が『事件引き寄せ』体質なら、君は『事件に首突っ込み』体質だ。異能者でもないのにどうして自分から厄介ごとに関わろうとするのかな?」
「じーちゃん譲りかな」信一が最も嫌う祖父の名を出したのは意趣返しだ「見て見ぬふりができないんだよ。父さんと母さんとは違って」
案の定、信一の気配が尖った。平静を装うことができない。偉そうに講釈垂れておきながら、自分は未だに祖父への劣等感に囚われている。
「あの人たちの唯一の美点だよ。自分の身の程をわきまえている。凡人である君には全く期待していなかった。異能者のことは異能者にしか理解できないとわかっていたんだ」
物は言いようだ。
両親にとって上の二人ーー信一と希は期待の星であり、誉れだった。異能は、日本で最も偉大な牧師と名高い祖父の血をひく証だと信じて疑っていなかった。特別な子には特別な待遇をと公言し、信一と希には幼い頃から名門私立学校に通わせ、塾も習い事もさせた。凡人と同じ扱いは許し難いことだと思っていた。希が望と同じ公立高校に進学したいと言い出した時も両親は猛反対した。
「それに比べてお祖父様はどうだ。異能はおろか特別な才能があるわけでも、ずば抜けた頭脳を持っているわけでもない末の孫に過度な期待を押し付けた。あれこそ無責任の極みだよ」
必然的に放置されることになった末っ子の面倒を見ていたのは、祖父の信二だ。両親はそれが気に食わなかったようだったが、二人が信一や希を特別に扱えば扱うほど、祖父は望に構った。悪循環だ。
「期待された覚えもないけどね」
祖父が自分に何を求めていたのかはわからない。信一の邪魔をしないようにだの、希を助けるようにだの、指示された覚えもない。
「でも君は希と一緒にいる。彼女を支えて、異能を理解し、共に抗おうとしている。まさにお祖父様の望む通りに」
知らず知らずのうちに祖父の思惑通りに歩んでいるということなのだろうか。望は大学を中退する直前、祖父と話したことを、おぼろげながら思い出した。
善きサマリヤ人の話をした……はずだ。イエスの例え話の一つ、敵対するユダヤ人を救ったサマリヤ人のこと。あの時、祖父は自分に何を言っただろう。サマリヤ人のように、他人を救えとは言っていなかったような気がする。
「そして今度は『彼』だ。君は平穏無事な一生を送れない異能者を憐れみ、救うことで優越感に浸っている。それはそれで幸せなことだろうね、真意さえ知らなければ」
望は目を開けた。真正面に腰掛ける信一の姿が視界に飛び込んできた。視線を逸らすことができない。
信一は微笑んだ。優しげに、慈愛すら込めて。
「利用されていることがわからないのかな」