十三
「これを『異能』と呼んでいるのですか」
「人によって違うようですね。体系化も研究もされていませんから当然ですが。先生の所では何と?」
「タラント」
命名は祖父の信二。聖書から取ったのはいかにも信仰的な牧師らしい。
「なるほど。イエスの寓話から、ですか」
望は頷いた。
数あるたとえ話の中でも特に有名なものだ。タラントとはお金の単位。ある主人が旅に出る際に、三人の僕にそれぞれの能力に応じて五タラント、二タラント、一タラントとお金を預けた。五タラントと二タラントを預かった僕はそのお金を元手に商売をし、倍に増やした。しかし一タラントを預かった僕はそれを土に埋めて隠した。長い旅から帰ってきた主人はタラントを有効活用した僕を褒め、何もしなかった怠けものの僕を叱り、そのタラントを取り上げたーー神から与えられたタラント〈賜物〉は神のために存分に用いるべきであるという、たとえ話だった。
祖父は、このはた迷惑な資質が、神からのタラント〈賜物〉だと信じて疑っていなかった。
「どうして、私にその話を?」
黙っていれば直也はただの婚約破棄。尊は無関係のままでいられたはず。
「好奇心です」
あっさりと尊は言った。
「ベクトルは違えど同じ異能を持つもの。しかも異能を有効活用しているとなれば、一度会っておきたいと考えるのが普通でしょう」
取ってつけたように「ちなみに私には兄弟がいますが、兄は『異能』を持っていません」と言った。
的場家も同様だ。他の一族よりも数は多いが、全員が全員『タラント』を持って生まれてくるわけではない。
「有効活用?」
「引き寄せた事件を次々と解決してゆく手腕、お見事です」
望は胸の辺りに不快感を覚えた。褒められているのに、わずかながら皮肉が込められているような気がした。
「それで、先生は今後どうなさるおつもりで?」
「どうもいたしません。ご存知かと思いますが、木下さんとはすでに別れています。連絡も取り合っていません。今勤めているクリニックも今月末で辞めます。関係を断てば引き寄せられていた心もいずれ落ち着きますので、ご心配なく」
婚約破棄にまで発展したというのに、尊の対応は素っ気なかった。かといって薄情だと責めるわけにもいかない。
タラントによるものだったとしても、婚約者がありながら尊に惚れたのは直也だし、婚約破棄をしたのも直也だ。彼が決めて、実行した。
「そうですか」と望は言った。そうとしか言いようがなかった。
「もう一つだけ」
席を立とうとした尊に望は訊ねた。
「先生は、木下直也さんのことが好きだったのですか?」
「私の好悪はこの異能に影響しませんよ。誰彼構わず近くにいる者を惹きつけるだけですから」
望は首を横に振った。
「そういうことではなく……その、少しでも木下さんのことを」
「いいえ。全く」尊は情け容赦なく切り捨てた「言ったでしょう、私は異性愛者です。私に好意を寄せるのは勝手ですが、期待をされても困ります。一つの結婚が無残にも破局を迎えようと、人生を賭けた愛が報われなかったとしても、それは本人が選んだ結果です」
言葉を失った望に、尊は悪意を滲ませて告げた。
「引き寄せたものにまで責任は取れません。それはあなた方とて同じことでしょう」