二
永野尊は的場望に想いを寄せている。
面と向かって伝えたことはない。いつもふらりと牧師館にやってきては望をからかっている。そんな尊の態度から好意を察するのは難しい。おかげで望は全くと言っていいほど気づいていないし、むしろ気に食わない間柄と思っているようだ。が、尊が時折見せる望への執着は、間違いなく恋慕のそれだーーと的場希は思っていた。
だから望が同期の工藤洋平とデートをするという情報を尊に渡すのは、希にとって至極当然の成り行きだった。
「スカイツリーに行くらしいわ」
重々しく告げると通話の相手ーー永野尊は『スカイツリー、ですか』と噛み締めるように呟いた。
「昼食のレストランは予約済み。おまけに割引券をもらっただとかでプラネタリウムだか展望台だがに行くのよ」
まともな交際経験のない朴念仁。そもそもスカイツリーのある場所にたどり着けるかさえ怪しい男だ。工藤にそんな気の利いたプランを立てられるはずがない。
「絶対入れ知恵よ」
希は断言した。何者かが裏で糸を引いているのは明白だった。黒幕の特定には至っていないが、察するに牧師不足を解消するために的場望の北海道招聘を目論んでいるのだろう。
おそらく北海道中会の息がかかった者。最有力容疑者は美深教会の教会員だ。あそこは長年無牧に悩んでいたし、それを解消した工藤洋平を息子のように可愛がっている。洋平の嫁探しに手を貸すくらい平然とやるに違いない。
「昨日、美深教会の長老から電話があったし、本気でのんちゃんを美深に連れて行くつもりなんだわ!」
デートプランまで立てる用意周到さ。希は美深教会の真剣さを垣間見たような気がした。だからといってやすやすと望を北海道に行かせるつもりはないが。
『東京を観光するだけでしょう』
「観光する日も問題なの! 再来週の水曜日よ。聖書研究祈祷会があるのに、あのメガネのせいで急遽聖書朗読会に変更になったのよ。喧嘩売っているわ!」
何も知らない武蔵浦和教会の教会員達がこぞって望の背中を押したのだ。息抜きになるだろうし、卒業以来滅多に会えない同期と親交を深めては、と。
まったくもって余計なお世話である。そのまま望が北海道に招聘されても後押しするつもりなのだろうか。
『水曜日?』
「そうよ。永野さんよりも工藤さんを優先させるの」
ここまで煽れば尊も黙ってはいまい。尊も洋平も、互いのことを敵視している。毎週水曜日の夕食を共にする暗黙の約束を一方的に、それも恋のライバルのために破棄されたとなれば噴飯ものだ。期待を込めて希は「酷いと思わない?」と後押しした、のだが。
『あまり会う機会がありませんからね。当然でしょう』
尊は至極落ち着いた声音で言った。怒るどころか擁護した。
『ところで希さん、何故私に連絡したのですか?』
「え?」
『再来週の夕食会はなし、ということでしたら明日私が伺った際にお伝えいただければ済むことです』
ごもっとも。明日は水曜日だ。黙っていても尊はやってくる。
「え、で、でも……」
『的場牧師が休日に同期の牧師とデートをする。大変結構なことではありませんか。関東に比べて北海道は牧師が不足していると伺っております。的場牧師が行かれることで少しはその問題も解消されるかと』
「本気で言っているの⁉︎」
『冗談でこのようなことは申しません』
希はスマホを握りしめたまま絶句した。
「あ……あの、のんちゃんが北海道に……行っても、いいの……?」
なんとか絞り出した問いに、無情にも尊はあっさりと『私には関係のないことです』と答えた。
『使命感に燃えて北海道に行かれようが、同期の牧師とご結婚なさろうが、的場牧師の自由です。的場牧師がご自分の意思でお決めになったのなら、私にはそれを止める権利も、また止めるつもりもありません』
正論だ。あまりにも正論過ぎて、突き放したかのような物言いでさえある。
『ご用件がそれだけでしたら失礼いたします』
もはや完全に言葉を失った希を置いて、尊は一方的に通話を切った。