一
想冬様リクエスト「水族館デート中に事件に巻き込まれる望と工藤」
あっさり終わらせるつもりが、あんなことやそんなことがあり、こんなことになりました。
同郷の幼なじみが上京。しかも休暇を利用して観光すると聞いて、佐丸要は目を見張った。父親の反対を押し切って牧師となってから早二年。仕事一筋でろくに休みも取っていなかった奴が一体どういう心境の変化なのか。
『休暇を取れと言われた』
仕事も終わった金曜の夜。一人晩酌を堪能しつつ、スカイプを利用しての対面通話。久しぶりに顔を見た幼なじみの工藤洋平は、相変わらずのむっつり顔だった。
『牧師が年中無休で働いていたら、キリスト教に対するイメージが損なわれる。最低でも年に五日は所定の日以外に追加で休暇を取ることが義務付けられた』
つまり働き方改革。旧体質がはびこる教会にしては珍しいことだった。
要は缶ビールをあおった。そういえば自分の夏期休暇はいつからだろうと考えた。今年はイベントの予定もないので盆休みは、営業部全員休めるはずだ。
『とにかく北海道から離れろと教会員に言われたので、関東で三泊四日の休暇旅行をすることにした。内一日を的場とのデートに費やすことになった』
「おーよかったな」
要は気のない返事をして、柿ピーをかじった。休めと言われて素直に休む奴ではない。何もできないよう北海道から追い出すのは賢明な判断と言えよう。さっそく一日をデートで埋められたことだしーーデート。そう、デート。
「……デート?」
『デートだ』
「デートって、あの交際している奴らが待ち合わせてどっかに遊びに行くという、アレか?」
『逢い引きとも言う』
「ハアァッ⁉︎」近所迷惑も忘れて要は声をあげた「マジかよ。どうやってこぎつけたんだ」
『気づいたら予定に入っていた』
曰く、お節介な教会員が埼玉にいる同期の牧師に頼んで、一日付き合ってもらうことになったらしい。果たしてそれをデートと呼んでいいのか判断に迷うところだが、本人がそのつもりなら否定することでもない。
『そこで東京に詳しい貴様に連絡した』
「絶っ対ぇ、行かねえ」
要は即答した。何が悲しくて他人のデートについていかなければならないのだ。
『誰が来いと言った。貴様に当日案内されてしまったら、俺の面目が立たんだろう』
面目も何も、この男が致命的な方向音痴なのは周知の事実だ。今さら取り繕えるものでもない。
『たしかに俺は一般的な成人に比べて若干迷いやすい傾向にある。そのせいで的場にはどうも見下されているというか、まるで小学生が買い物に行く時のような屈辱的な扱いを受けることが多々ある』
「全国の小学生に失礼だ。謝れ」
『しかし俺がここで的場をエスコートし、一日をつつがなく過ごすことができれば、奴も認識を改めるだろう』
「なんで奴呼ばわりしてんだよ。おめー本当にそいつのこと好きなんか⁉︎」
『結婚したいとは思っている』
要は額に手を当てた。異星人と話をしているかのような疲労感。頭痛になる前に話を終わらせよう。
「ンで? どこ行くんだよ?」
洋平は胸を張って答えた。
『スカイツリーだ』
「完全にアウェイじゃねぇか」
『天空の町なる場所にも行きたいと言っていた』
「ソラマチな。つーか、なんで地元とか通ってた神学校とか教会とかせめて自分のよく知ってる場所にしねえんだよ⁉︎ リードしたいんだろ⁉︎ ただでさえおめーは方向音痴だっつーのに」
『無茶を言うな。美深や吉田キリスト教神学校に一体何があるというのだ』
「神学校なんざ知らねえが、美深には温泉とかあんだろ」
途端、洋平は眼を見開きおののいた。
「婚姻もしていない男女が温泉だと……っ! よくもそんなふしだらな考えが浮かぶな貴様」
正気を疑うような眼差しを向けられた要は、釈然としないものを感じると同時に、この馬鹿に一日付き合う羽目になった的場牧師に心から同情した。
「あーもー無理。あきらめろ。その的場ちゃんにスカイツリーは案内してもらえ」
『なんだと』
「はぐれないように手を繋いでもらうのを忘れんな」
不服げな洋平に代替え案を挙げた。
「そんかわり、飯食う所は調べておけばァ? 平日だろうから予約しなくても普通に食えるだろうけど、いくつか候補は用意しとけ。ンで、奢ってやれ」
『なるほど』洋平は感心したように頷いた『さすが女が途切れないだけあるな』
「切るぞ」
『もう一つきいておきたいことがある』
すこぶる嫌な予感がしたが、要はスマホに伸ばしかけた手を止めた。
「ンだよ?」
『やはりデートとなれば、接吻はすべきなのか?』
その言葉の意味を理解するのに五秒、結論を導き出すのにさらに五秒。きっかり十秒後に要は恫喝した。
「……手も繋いでねえ童貞が粋がってんじゃねえぞバァカッ!」