くびきを負い、あえいでいる
「なんて非常識なっ!」
部屋から追い出された牧人は拳を震わせて憤った。
仮にも牧師を志す者がいきなり暴力を振るうなど、しかも神の御言葉が記された書物を投げつけるとは言語道断。今日の神学生の質はこれほどまで低下していたのか。にわかには信じがたい事実だった。
そもそも人としておかしいだろう。なんで変態呼ばわりされた上に追い出されなければならないのだ。自分はただ、無断で部屋に入っただけだというのに……っ!
「いや、無断で女子の部屋入ったら怒られるのは当然だろ」
「よくぞ生きて戻った」
一部始終を廊下で見ていた三杉と洋平が口々に言う。
「彼女達はいつもああなのですか? 日常的にあんな暴力的なことを」
「あれが平常運転」
「こいつなんぞ週に一回は的場に殴られている」
牧人は目を剥いた。なんということだ。神の救いを解くべき神学校で暴力が横行しているなんて。
「こんな野獣を世に解き放つわけにはいかない……日本キリスト教会の存亡に関わる」
「変態に野獣呼ばわりされる筋合いもないだろうがな」
使命感に燃える牧人の耳には、洋平の指摘は届かない。まずは祖父である信二に孫の暴挙を報告してやろう。少しは孫への認識を改めるだろう。牧人はその場でスマホを取り出し通話ボタンを押した。
今度はワンコールを終える前に相手は出た。
『君は時々大胆なことをしますね』
何故知っている。心当たりは一つしかない。牧人は閉ざされた扉を睨んだ。
「交読文集を投げてきたんですよ! いきなり、挨拶もなしに」
『ご丁寧に「これから交読文集を投げます」と宣言してから投げる方はかなり珍しいかと思いますが』
信二はにべもない。
『それにいくら君とはいえ、女性の部屋に無断で押し入るのは感心しませんね。親しき仲にも礼儀ありですよ。ほぼ初対面ならばなおさらです。ちゃんと謝っておいてください』
一方的に告げられて通話終了。スマホを握る牧人の手が震えた。
「な、何故私が謝罪など」
悪いのは自意識過剰な的場神学生だろう。用があるのは異能者である希の方で、凡人の妹には全く興味がない。だというのに、いきなり変態呼ばわり。そもそも暴力を振るった側が咎められないなんて理不尽にも程がある。
信二はまるでこちらの言い分に耳を傾けようとしなかった。察するに、的場神学生は自分を部屋から追い出すなり、祖父に先ほどの一部始終を報告したのだ。そして有る事無い事を吹き込んだに違いない。なんたる狡猾さ! なんという姑息さ!
(悪魔か、あの女は……っ!)
つい先程同じようなことをしようとしていた自分を棚に上げて、牧人は憤った