呼ばれるこの身は力もなく
問題の神学生どもに罰として掃除を命じると、牧人は足早に事務室へと向かった。幸いなことに今は昼食の時間。周囲に人がいないことを確認し、ポケットからスマホを取り出した。
登録したばかりの電話番号を選ぶ。きっかり三コール目で相手は出た。予測していたのだろう。いつも通り落ち着いた、穏やかでさえある声音で訊ねてきた。
『いかがでしょうか?』
「想像以上です」
『でしょうね。僕の孫ですから』
「そういう意味ではありません」
牧人は深々とため息をついた。聡明な方だと尊敬していたが、肉親に関しては凡人と同様ーーいや、現実を見ていない分凡人よりも酷い。
「失礼を承知で申し上げますが、ここまでレベルの低い神学生は初めて見ました。知識や勉学ではなく性根の問題です。牧師という職に対しての真剣さに欠けます」
聖職者の言葉が示すように、牧師は神の召しがあっての職だ。だから牧師は偉いなどと思い上がるつもりはない。だが他の職業とは違うのは厳然たる事実だった。
牧師任職式には礼拝が行われ、式内で牧師は祝福を受けて聖別される。そうして自ら神に一生を捧げた者だからこそ、信徒達はその教えに耳を傾け、信仰の道を歩んでいく。逆に言えば、真剣に神と向き合い、聖別された牧師でなければ、誰もその教えには耳を傾けないのだ。
『牧師には相応しくない、ということですか』
「はっきり申し上げますと」
不快に思っただろう。的場信二が三人の孫を可愛がっているのは周知の事実。特に一番目は抜きん出て優秀で、誰もが期待を寄せていた。彼ならば牧人も異論はない。むしろ今でも彼は牧師に相応しいと思っている。
「信一君の方がはるかに牧師としての適性はあったかと」
牧師を志していた信一に不合格を突きつけたのは、他ならぬこの祖父だ。可愛い孫に対してだろうと容赦はなかった。
『僕はそうは思いません』
「では彼女の方が牧師に相応しいと?」
『誰かと比べるものではありませんが、望さんは牧師に向いていると思います』
牧人は額に手を当てた。嘘は言っていない。信二は本気で信一よりも望の方が相応しいと思っているのだ。信じ難いことだった。タラント〈異能〉もなく、秀でているものもない凡人だというのに。
『信じられませんか?』
牧人の沈黙の意味を、電話口の相手は的確に汲み取ったようだ。
『たしかに君の言う通り、神学生としては優秀とは程遠い子ではあります。しかし牧師に必要なのは頭の良さではありません』
詭弁だ。聖書に記された神の御心を読み解けないような牧師なぞ牧師である意味がない。咄嗟に浮かんだ反論を牧人は喉の奥へと押し込めた。馬鹿神学生三人がどうなろうと知ったことではない。特別講義をしてほしいのならしてやろう。あの様子では無意味だろうが。
「例のお約束は守っていただけますよね?」
『もちろん。希さんには僕からお願いしておきましょう』
「ありがとうございます」
牧人の関心は不出来な神学生ではなく的場希にある。こんなへんぴな神学校にわざわざ足を運んだのも彼女に会うためだった。滅多に人前に出ようとしない異能者。自分と同族だ。研究者としても大いに興味がある。
さっさと目的を果たして大学に戻ろう。通話を終了しようとした牧人に、信二は『言い忘れていましたが』と最後に一言添えた。
『僕に対しては無論、この神学校にいる間は無理に取り繕うことも、嘘をつく必要も全くありません。遠慮なく思った通りのことを言ってください』
穏やかだが確固たる口調で信二は告げた。
『僕の孫はその程度で潰されたりはしません』