表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
とりあえず最終話 落日のソドム(前編)
127/146

 覚悟を決めて戻った永野宅では、空港からハイヤーを飛ばして帰宅した父親、病床のはずの祖父、二人の兄、そして弟ーー計五人の男が待ち構えていた。無論、彼らが待っていたのは尊であって、望ではない。

 ともすれば一家団欒の名のもとに容赦なく排除されそうになる望を、半ば強引に食卓の場につかせたのは尊だった。

 一家総出の熱烈お出迎え後の夕食。仕事が残っている父親と体調が芳しくない祖父は泣く泣く(本当に涙を流していた)辞退したので、永野四兄弟と望の五人で、永野家専属の料理人が腕によりをかけて作った中華料理をいただくことになった。尊の読み通り、大皿に盛られた高級中華を前に、望は早くも食欲がどんどんなくなっていくのを感じた。関東のチェーン店のリーズナブルな中華料理が恋しかった。

「鳩羽さんはどのようなお仕事をされているのでしょうか」

 チンジャオロースをつついていた徹が訊ねた。三男の大学生と聞いているが、実年齢よりもいくぶんか幼い印象を受けた。末っ子だからだろう。尊への憧憬と恋慕、そして大好きなお兄様を奪った望への憎しみが隠しきれていない。まあお若いことで。自分のことは棚に上げて望は内心鼻で笑った。

「プロテスタント教会の牧師をしております」

「どちらの教会にお勤めされているのですか?」

「尊とはどういった経緯で出会ったのでしょうか?」

 今度は二人の兄が同時質問。たじろぐ望に代わって、尊が答えた。

「昨年牧師になったばかりですので、まだ特定の教会に牧会はしていません。私の患者の結婚式で鳩羽牧師が司式をなさったことがきっかけで出会いました」

 若干の嘘を織り交ぜつつ無難な回答。徹が悪態をついた。

「要するにまだ半人前ってことか」

「はい。お恥ずかしながら」

「キリスト教では同性愛を禁じていると伺っておりますが」

 昼間まんまと尊を掻っ攫われた恨みか。筐が喰いさがる。

「牧師にも同性愛者はいますよ」

「前例の有無ではなく、信仰としていかがなものかと申し上げております。聖書には『女と寝るように男と寝てはならない』と明確に記されていると聞きます。かの忌まわしい町ソドムとゴモラが神に滅ぼされたのも、男色を始めとする数々の悪を重ねたからだとか」

 望は感心した。レビ記はともかくとしてソドムのことまで引き合いに出すとは、聖書を読み込まなければできないことだ。筐の指摘する通り、ソドムには当時男色が流行っていたと解釈できる記述がある。それゆえにソドミー〈男色行為〉という言葉が生まれたとか。

「筐さんは聖書を学ばれたのですか? かなりお詳しいとお見受けしましたが」

「いえ、教養で少しかじった程度です」

 それにしては的確な箇所を拾ってきている。察するに憎き婚約者が牧師と聞いて、急ぎキリスト教のことを調べたのだろう。

 ふむ、と望は唇に拳を当てた。望が所属している日本キリスト教会の中でも同性愛については意見が別れているデリケートな問題だ。つまるところは聖書の解釈の相違なので、確固たる否定もできなければ確固たる肯定もできないのが現状だ。

 さて、レビ記とソドムの解釈をそれぞれ挙げて論破すべきか。しかし素人相手に専門書を駆使するのも大人気ない。

「筐さんが挙げたのはレビ記の律法ですね。神が定められた法ですので、信徒はこの法を守るよう教えられます。ところで新約聖書にも律法についての記述があるのをご存知でしょうか? 律法の中で最も重要な掟は一体何かとイエスに問いかけた律法学者がいました。なにぶん律法は事細かく制定されているので、全部守れる者はいない有様です。で、イエスは神と隣人を愛することこそが律法の中心だと説きました」

 律法では安息日に働くことは罪とされている。しかし、イエスは安息日に片手が不自由な者を癒された。

 何故か。隣人を愛することが、律法の中で最も重要な掟だからだ。

 機械的に律法を守っても意味はない。神が喜ばれることが何であるかを見極める必要があるのだ。

「よって性別は、その人を愛さない理由にはなりえません。それが私の解釈です」

「詭弁だっ」

 徹がいきり立った。

「兄を手に入れたいから自分に都合のいいことを言っているだけじゃないか」

「『愛は論理を超える』というのが自説でして。尊さんを繋ぎ止めようと私も必死なんです」

 ぺろっと舌を出して言えば、隣に座る尊が目を輝かせた。惚れ直したと言わんばかりに――そう思わせるのが狙いだろう。

 案の定、筐と徹は二人して唇を噛み、殺意に近い鋭い眼差しを望に向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ