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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
とりあえず最終話 落日のソドム(前編)
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 どこに向かうのかと思いきや尊は三条通りにある焼肉屋の前に停車させた。宣言通りジンギスカンを食べさせるつもりらしい。

「羊肉は苦手ですか?」

「嫌いじゃないよ」

 神学生時代に食べたことがある。同期の工藤洋平の実家から送られた羊肉一箱を四人でたいらげた。

 注文は尊に任せて、望は紙エプロンを装着した。

「夕食入らないかもねー」

「そのつもりで召し上がってください」尊が嫌悪を露わに言った「どうせろくな晩餐ではありません」

 たった数分の帰省が相当苦痛だったようだ。

「ところで、あんたってそんなに中華好きだっけ?」

「いいえ。嫌いではありませんが、好きでもありません」

 では何故。望の疑問を的確に察知した尊は「大皿料理ですから」と答えた。意味がわからなかった。

「大皿だとなんかいいことがあるの?」

「一つの料理を全員で取り分けて食べるので、中華が一番安全だと判断しました」

 それで望は意図を理解した。理解してしまった自分が嫌になった。

「何盛られた」

「知りたいですか?」

「やっぱりいい」

 まず間違いなく料理が不味くなる話だ。せっかくのジンギスカンは美味しく食べたい。

 尊の様子から察するに、どうせ度数の高いアルコールか睡眠薬か媚薬か、いずれにせよろくなものではない。

「なんでそんな危険極まりない実家にわざわざ帰ろうとするのさ。沖縄に逃げるなり国外にまでいけばさすがに」

「アメリカで兄、シンガポールで弟、ポーランドで父親と再会したことがなければ、私もそうしたでしょう。仕事だの卒業旅行だので偶然立ち寄ったのだと口を揃えて主張していましたが、製薬会社の取締役がヴィエリチカ岩塩坑の跡地に一体何の用があったのか甚だ疑問です」

「宇宙行け。それか出家!」

「俗世を捨てろとはまた牧師にあるまじき発言ですね」

 尊は運ばれてきた肉や野菜を手際よく鉄板に乗せた。

「ところで的場牧師、美しい女性を『傾城』と言いますが、男性の場合は何と言うかご存知でしょうか」

「傾国?」

「それも女性ですね。男性の場合は『傾寺』と言うそうです。考えてみれば寺は昔、女人禁制でしたからね」

 にっこり。擬音語が聞こえそうなほど朗らかかつ爽やかな微笑みを浮かべて、尊は言った。

「つまり、私を寺に入れるのはかなり危険ということです」

 もはやつっこむ気力もわかなかった。望としては「さようでございますか」と全面降伏するほかない。

「さて冗談はそのくらいにして、本題に入りましょう」

 尊から差し出されたものを望は手に取ってしげしげと眺めた。ラベンダー畑の写真付きの葉書だった。尊宛、差出人は「永野朋恵」とあった。

 内容は至ってシンプル。今度米寿のお祝いをするので尊にぜひとも来てほしい。「あなたの成長をこの目で見たい」と、愛情溢れる文面だった。

「朋恵は祖母の名です」

「含みのある言い方だね」

「祖母の名を騙る者からの葉書と私は考えているもので」

 尊のすらりとした指が差出人の欄を示す。

「理由あって祖母は常に旧姓を名乗っています。公的な場面では永野姓を使ってはいますが、私との手紙然り私的な場面では久我姓を使っています」

「本人に確認は?」

「あいにく緊急の用でもなければ電話を繋いではもらえませんので……日程も差し迫っていたので、北海道行きの便の確保を優先させました。明日、祖母との面会の際に確認しようかと考えております」

「なるほど」

 尊が大して仲良くもない自分を連れてきた理由がわかった。他の家族への牽制、そして招待状の謎を暴くこと。

「そういうことなら協力しよう」

 こうしてジンギスカンもご馳走になっていることだし、食べた分くらいは働かなければ。

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