八
尊の実家である永野邸は高級住宅街が並ぶ地域から少し外れた小高い丘の上に構える豪邸だった。白い外壁に囲まれた敷地はテニスコートが二つ、三つは作れそうなほど広かった。
タクシーから降りた望はたっぷり十秒ほど邸を見上げて呆然とした。
「父が会社を経営しておりまして」
「儲かってるんだねー」
「それと永野家は代々の地主でもあります」
淡々と語る口調には自慢げな響きはなかった。あまりその恩恵に預かっていないからだろう。
「ところで仮にも交際相手として訪問するなら、手土産の一つでも用意するべきじゃなかったのかな」
「お気遣いには感謝しますが、彼らに関しては不要です」
尊は素っ気なく言った「何を用意しても歓迎されませんよ」
「尊!」
門扉の向こうにある邸から男性が出迎えた。理知的で鋭角的な顔つきをしている。右眉の上に刃物で切りつけられたような傷跡があった。年齢は尊と同じか少し上。察するに次兄だろう。
「二年ぶりですね、筐兄さん」
「正確には二年二ヶ月十四日ぶりだ」
筐は笑顔で訂正した。細かい性格のようだ。
「紹介します。こちらが電話でもお話しました鳩羽ノゾムさんです――鳩羽牧師、こちらは兄の筐です」
「はじめまして」
筐は礼儀正しく会釈した。が、望が差し出した手は無視してすぐさま尊に向き直る。
「長旅で疲れただろう、まずは一息ついたらどうだ」
筐はタクシーから降ろしたスーツケースを取り、屋敷内へと案内した。広い庭を通り、大理石と思しき床の玄関で靴を脱ぐとスリッパが用意されていた。きめ細やかな心遣い。熱烈な歓迎だ――尊に対してだけ。
自分のスーツケースを自分で引きずってきた望は靴を脱ごうとして途方に暮れた。
スリッパは一足しかなく、筐はそれを尊に勧めている。望の分はない。導き出される結論、全く歓迎されていない。
「鳩羽牧師、どうぞ」
尊がスリッパを譲った。
「あと荷物もお持ちしますね。気が利かなくてすみません」
「どうも」
お言葉に甘えて使わせてもらう。慌てて筐が新しいスリッパを尊のために出した。あるんじゃねえか、スリッパ。望は二番目の兄を要注意人物リストに加えた。
「父は今晩、出張から帰ってくる」
「そうですか」
尊は適当に相槌を打つと、望のスーツケースを持ち上げた。
「段差がありますのでお気をつけて」
「あ、ああ……うん」
「夕食は中華だぞ」
「ありがとうございます。では鳩羽牧師、荷物を置いたら昼食にジンギスカンでもいただきましょう」
にっこり笑顔で尊は望に話を振る。筐に返答をしていながらもその実、望しか相手にしていない。清々しいまでの当てつけだった。
「尊、」
「すみませんが、荷物を置かせていただきましたらまた外出します。鳩羽牧師に旭川市を案内したいので」
口調こそ穏やかなものの、筐に有無を言わせず話を通す。尊は客室にスーツケースを置くとすぐさま屋敷を出て行った。望の手をしっかり握ったままで。
「ご理解いただけたでしょうか」
「大体」
再び乗り込んだタクシーの窓から振り向くと、筐が悔しげに歯噛みしていた。