二
「オリオン」は上野駅と札幌駅を結ぶ寝台特急列車だ。移動速度よりも質を重視した内装とサービスが売りの高級寝台列車は、利用料金もさることながら、その人気ゆえに予約にも骨を折るという。
そんな庶民には手の届かない高級寝台列車に望は乗り込んでいた。チケットを入手したのはもちろん尊だ。入手経路を聞いたが「友人からのプレゼントです」と意味深な笑みを浮かべるだけで答えてくれない。
しかしそんな経緯などどうでもよくなるほど、望は内心喜んでいた。希がいないのが本当に残念だが、初めての寝台列車。しかもあの「オリオン」。
スタンダードなツインの部屋にもそれぞれ洗面台やトイレ、さらにはTVまでもが完備されている。座っていても寝ていても窓からの景色が見れるという親切設計。これで旅の供が互いに嫌い合っている男でなければ文句はないのだが。
考えていることは同じだったらしく「三号車が食堂だそうです。ディナーの予約をしていますので」とチケットを望に手渡すなり、尊は部屋を出ていった。共用スペースで過ごすつもりなのだろう。たしかに狭い個室で二人きりでいるより気が楽だ。
あまり深く受け止めずに望は荷物をベッドの脇に置いて、窓の景色を撮影して希に送ったり、ぼんやり眺めたりして時間を潰した。
午後六時前に食堂車に足を運ぶ。ゆるやかなドーム状の天井に、ほのかな明かりが灯っている食堂車。これもまた上品な内装だった。尊はいなかったが、何組かの先客がいた。どことなく上流階級の人種ばかりで、自分が場違いなような気がした。
チケットを見せたらフレンチのフルコースが用意された。エテュペだのアスピックだの小難しい専門用語がいまいちよくわからないが、一皿一皿味わって食べる。車窓から眺める夜景も素晴らしい。のどかな田園風景は故郷を彷彿とさせた。
「失礼。ご旅行ですか?」
三十代と思しき青年に声をかけられる。
「ええ、まあ……仕事ついでに友人と豪遊しようかと思いまして」
望は無難な回答をした。嘘ではない。尊が友人かどうかは別として。
「奥様ですか?」
視線を青年が座っていたテーブルに投げかける。妙齢の美しい女性と小さな子供がいた。窓の景色を見てはしゃいでいる。
「家族サービスですよ」
苦笑する青年は父親に見えないほど若々しい。上品で、清涼な香りがした。
「では彼氏と良い旅を」
彼氏じゃねえよ。否定する暇を与えずに青年は食堂車を出て行った。家族を置いて。きっと煙草でも吸うのだろうと解釈し、望は料理を堪能することにした。
しかし望がメインのステーキを食べ終えても、食後の紅茶を飲んでも尊は現れなかった。