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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
一話 デリラの魔性
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十一

 クリニックに伺う、というこちらの申し出を断って、永野は武蔵浦和教会にやってきた。

 一目見た瞬間に、望は相手がただ者ではないことを理解した。理解せざるを得なかった。

 歳は二十代後半から三十代前半くらいだろう。絵に描いたような長身痩躯。額にかかる長めの前髪が涼やかな目元に陰影を作る。白皙の肌に鋭角的な頰、垂れめではあるが細く理知的な目。

 単に見栄えがいいのとは違う。表情、立ち振る舞いーーその場にいるだけで自然と聡明さや明晰さを醸し出していた。

(なるほど)

 祖父の信二や兄の信一を彷彿とさせる『特別な人種』だと望は判断した。と、同時に警戒心が高まる。

 対する永野は、望の頭からつま先までを一通り観察すると、整った眉を微かに顰めた。

「何か?」

「失礼いたしました。想像していた方とは違ったもので」

 何を想像していたのだろう。天然パーマの平凡を絵に描いたようなつり目の女ではないことは確かだ。

 玄関でできる話でもないので、牧師館のリビングに通す。本日のお茶請けは例のバームクーヘンである。

「この度はお騒がせいたしまして」

 頭を下げた望に、永野は「お気になさらず」と穏やかに言った。

「木下直也さんの件ですよね?」

「ええ、まあ……」

 はてさてなんと説明すればいいものか。まさか木下直也の心変わりの原因があなたではないかと思って接触をはかったなどと言えるはずもない。

「話せば長くなるのですが、先日木下直也さんと澤井綾乃の結婚式がありまして、たまたま私が結婚式の司式をさせていただきました。ところが直也さんが、土壇場で婚約破棄を宣言してしまった次第でして」

「婚約破棄、ですか。結婚式の最中に?」

「結婚式の、誓約する場面で」

「それはまたずいぶんと寸前ですね」

 頰のあたりに、かすかに苦笑を滲ませながら永野が言った。

「それで木下さんが何故いきなり婚約を破棄したのかを調べているということですか」

「新婦の綾乃さんがどうしても知りたいとおっしゃるので、微力ながらお手伝いしました。しかし、その理由も先日判明しましたので……他に好きな方がいたようです」

「相手の方の名前は?」

「そこまではわからないそうです」

 だが、それで婚約破棄には十分だろう。深く追及するだけ傷つくし、無益だ。

「的場先生のご見解を伺っても?」唐突に永野が訊ねた「神聖な結婚式で、神に誓約するもっとも尊ぶべき場で、婚約を一方的に破棄するーー神に対する冒涜とはお思いになりませんか?」

 望は天井を仰いだ。そこまで考えが至らなかった、というのが正直なところ。たった一言で引き裂かれてしまうような男女ならば、元々、神が引き合わせた結婚ではないのだろう。

「澤井さんをはじめ、参列者や関係者の方々に対しては非常に不誠実とは思いますが、神を冒涜するか否かと言われれば、そうとは言い難い。これが神に誓った後に正当な理由もなく離婚したのならば、結婚を、ひいては神を軽んじていると言えますが」

「神の問題ではなく、あくまでも人間的な、現実問題ということですか」

 永野は独り言のように呟いた。

「差し支えなければ、木下さんがどのような相談をしていたのか、教えていただけないでしょうか?」

「患者のプライベートを教えるわけにはまいりません」

 永野は丁寧だがきっぱりと断った。立場を考えたら当然だろう。

「差し支えのない範囲で結構です。木下さんについて何かご存知ないでしょうか?」

 永野は少しだけ考える素振りを見せた。

「身体の相性は悪くなかったかと思います」

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