一
タイトル通り、これで一度完結にする予定です。
事の発端は、いつもの夕食だった。毎週水曜日に決まってやってくる永野尊とラーメンをすすっていた折。
「的場牧師」
えらく真剣な面持ちで尊は言った。
「北海道の父に会っていただけないでしょうか」
交際相手だったらプロポーズに近い言葉だ。しかしそんなことで動揺するほど望は浮かれていなかった。そもそも尊とは交際どころか互いに嫌い合っている仲だ。
「なんのために」
「もちろん、私の交際相手として紹介したいのです」
「私達、交際してたんだー、へー」
初耳だ。彼とはデートをした覚えすらない。
「『私とはお遊びだったのか』というあなたの問いには、はっきり否とお答えしました。私にはあなただけだとも申し上げたではありませんか」
「一ヶ月以上も前の小芝居を蒸し返すな!」
「小芝居? 神に仕える聖職者ともあろう者が、まさか」
心外だとばかりに尊は目を見開いた。
「もしかして私をもてあそんだのですか?」
『縁切り屋』などといういかがわしい商売をしている奴にだけは言われたくなかった。
「もてあそんだなんて人聞きの悪い。あれはあんたと真理亜さんを引き離すために」
「なるほど。牧師の娘を助けるためならば私のような不信仰者はどんなに踏み躙っても傷つけても構わない、ということですか」
「だ、誰もそこまで言ってないっ」
「そうですよね」ころりと尊は笑顔になった「ですが、今の会話を教会員の皆様がお聞きになったら、誤解されてしまいかねません」
尊の言わんとしていることを望は察した。目の前の男ならば容赦なく実行するということも。
「いや、でも、現実問題として、北海道なんて行く余裕はないよ」
金銭的にも時間的にも。この時期は飛行機を予約するにしても軽く三万は吹っ飛ぶ。
「往復の交通費及び宿泊費、その他旅行に必要な経費は全て私が負担させていただきます」
『旭川の神楽教会から説教の依頼が来てたじゃない。せっかくだから行ってあげなよ』
金銭的問題と時間的問題が即座に解決した。
『少し遅いけど夏季休暇もらったら? 去年はほぼ休みなしで働いていたんだし』
なんて優しい姉だろう。この場でなければどんなに良かったことか。何が悲しくて貴重な長期休暇に仲の悪い男と北海道旅行しなければならないのだ。もっと有意義な過ごし方がいくらでもあるはずだ。
『ほっけ、食べられるよ。鮭とばも』
「いや、でも……」
なおも抵抗を続けようとする望の両の手を、尊のそれが包み込んだ。
「的場牧師、どうかお願いします。あなたにしか頼めないのです」
真摯な眼差しを向ける超絶美形。それが演技だとわかっていても折れざるを得ない望は、悔しさに歯がみした。
「覚えてろよ」
「もちろん。このご恩は一生忘れません」