弱きを強むる力なれば
久しぶりの家族旅行だった。
行きの新幹線で包丁を持った男が暴れたり、露天風呂では痴情のもつれとやらで自殺未遂事件が起きたりとそれはそれは充実した旅行だったが、そこら辺は割愛。
三泊四日の旅行最後の宿泊場所として選んだのは、牧場のペンションだった。クリスマスを前に伊豆の山奥にある牧場で新鮮な牛乳や肉を堪能。個人経営のこじんまりとしたペンションを選んだのは、人見知りの激しい希に配慮してのことだった。
「ソーセージがおいしかったの」
ペンションに一つしかない電話を借りて、望は祖父に報告した。他の家族はみんな部屋でくつろいでいる。談話室には望一人だけだった。誰も見ていないテレビではお笑い芸人が音楽に合わせて踊っていた。
『牧場ですからね。いつも食べているものとは違うでしょう』
「うん。豚の腸を使ったウインナーなんだって」
『それはそれは美味しいでしょうねえ』
電話口で祖父は朗らかに笑った。
対照的にテレビからひっきりなしに聞こえていた笑い声がやんだ。臨時ニュースに切り替わっていた。
『望さん、そのことを誰かに言いましたか?』
「言ってないよ」
『さすがは望さん、賢明な判断です』
望は空いている手で耳の後ろをかいた。両親とは違って、祖父だけはいつも自分のことを褒めてくれる。その度に望は嬉しくて、くすぐったい心地がした。
『警察には僕から連絡します。君の、今の名推理は誰にも言ってはいけませんよ』
隣町で起きた強盗殺人事件。犯人は未だに逃走中。警察は広域捜査に切り替えて犯人を追っているとのことだった。二時間前から進展のないニュースはそそくさと終わり、再びお笑い芸人の番組に戻る。
「父ちゃんには?」
『お父さんにもお母さんにも駄目です。僕と君だけの秘密にしておきましょう。いいですか。希さんや信一くんにもーーたとえ警察に何かを訊かれたりしても、君は何も知らないふりをしてください。約束できますか?』
「うん」
『心配することはありませんからね。君の名推理のおかげで犯人は明日には逮捕されます。だからあとは僕に任せて。君はみんなを不安にさせないよう、いつも通り過ごしてください』
「りょーかい」
通話を終了する間際に祖父は『小さな名探偵』と望を呼び止めた。
『僕を信じてくれてありがとう。君の信頼と期待には必ず応えてみせましょう』
「電話は終わったのかい?」
横から声を掛けてきたのはオーナーだった。受話器を戻して望はお礼を言った。
「じいちゃんもウインナー食べてみたいって」
「嬉しいね。お土産用もあるから帰りに買っていくといい」
オーナーは上機嫌だった。