信仰こそ旅路をみちびく杖
タイトル通りです。全四話でございます。
「信ちゃん、このローストビーフ、美味しいわよ」
母が寄せた皿には山盛りの肉が乗せられていた。信一は柔和に微笑んで箸を伸ばす。小学生にはそぐわない大人びた表情だった。
「希ちゃんも。あなたはたくさん食べないと」
「う、うん……」
萎縮しながらも希の視線は隣の席でソーセージを頬張っていた望へと向けられる。
「のんちゃん、それ美味しい?」
「ん」
咀嚼しつつ望は頷いた。大きめのソーセージをフォークに突き刺し、希へと差し出す。途端、母は顔をしかめた。
「望、他人にフォークを向けないの。失礼よ」
「母さん、せっかくの旅行なんだから……」
「どこだろうがちゃんと言わないと駄目なのよ。いつまで経っても直らないわ」
取りなそうとした父を母は一蹴した。
「学校の勉強も人並みだし、どうしてこの子だけ覚えが悪いのかしら。信ちゃんや希ちゃんは学年でも一番なのに」
「取り立てて成績が悪いわけでもないんだろ? いいじゃないか。上の二人の出来が良すぎるんだよ」
親の懸念をよそに望と希はソーセージにかじりついた。口の中に肉汁が溢れて、希は目を丸くする。
「……ほんとだ」
「お気に召しましたか?」
牧場のオーナーが声を掛ける。一人で牧場を切り盛りしているだけあって、引き締まった身体つきをしている。
突如現れた見知らぬ他人を前にして希は貝のように口をつぐんだ。代わりに望がソーセージをフォークで示して「おいしいよ」と答えた。
「それは良かった。このウインナーも自家製なんですよ」
先ほどまでの不機嫌さが嘘であるかのように母はころりと笑顔になった。
「まあ、そうだったんですね。美味しいのも頷けます」
「肉も腸もこの牧場の豚のものを使ってますからね」
「ウインナー?」
望は首を傾げた。
「ソーセージはウインナーとも言うんだよ、お嬢ちゃん」
「名前がちがうね。おかしいね」
「おかしくないわ。当たり前のことじゃない。嫌だわこの子ったら」
笑って誤魔化そうとする母だが、あいにく目が笑っていなかった。あとでお説教されるのだろう。望はそれ以上言うのをやめた。