九
渡辺涼がオルガンを堪能している間に、鬼島兄弟二人に協力してもらって等身大ゴリアテを作成。統の方が天下よりも絵が上手く、器用だったことが意外だった。二階から会堂へとゴリアテを吊り下げる作業は鬼島兄弟に任せて、望は希とたこ焼きの準備ーーをしようと思ったのだが、涼が手伝いを申し出た。
「私だけ遊んでいるわけにはいきませんから」
教師なだけあって生真面目な性格のようだ。望に反対する理由はない。牧師館の台所に招いて、希が別室でタコを細切れにしている間に、小麦粉を溶いてタネの準備を進める。
「渡辺先生は」
「呼び捨てで結構ですよ」
とは言うものの、同年代の女性を呼び捨てにすることには抵抗があった。
望は少し考えてから「渡辺さんは」と言い直した。が、そこで言葉に詰まった。ひどく失礼な質問だと気づいたからだ。
「どうして教え子と交際しているのか、でしょうか」
「なんでわかったんですか」
「今時、六年程度の年の差を気にするのは当人だけでしょう。それよりも奇異なのは教師が教え子に熱を上げることです」
天下に負けず劣らずこの先生も聡い。
「一時の感情ではないと思っています。ただ……その、卒業まで待てなかったのかなーと」
「非常識ですよね」
「いや、そこまでは」
「ご遠慮なさらず。私もそう思っていました」
涼は淡々と言った。
「明らかに自分よりも立場の弱い子ども相手に大の大人が愛だの恋だの、正気の沙汰ではありません。そんな無責任で非常識な教師の授業なんて碌なものではない、と本気で思っていました。今でもそう思っています」
間違ってはいない。ただ正しいことでもない。胸を張って言えることでもない。いくら恋愛は個人の自由とはいえ社会的な倫理は守るべきだ。その点、教師と生徒の恋愛は決して望ましいものではない。
独り言のように涼は呟いた。
「間違っていてもいいと思ったんです」
「え?」
「的場牧師は一人暮らしをされたご経験は?」
急に質問され、望は一瞬、返答に困った。慌てて記憶を掘り起こす。
「……ありませんね」
神学生の時も牧師の時も、いつも希と一緒だ。
「私も独り暮らしはまだ三、四年程度です。開放感が半端ないですよ。俗に言う『寂しさ』なんて全然感じませんでした」
でも、と声のトーンが落ちる。台詞とは裏腹にどこか寂しげな表情だった。
「二本並んでる歯ブラシ、自分以外の人のマイカップ、色違いのお揃いの箸」涼は指折り数えて、微笑んだ「そういう些細で平凡でありふれた光景が、どうしようもなく愛しくなるんです」
渡辺涼は一人で生きていくだけの強さを持っていたが、一人で生きていく孤独も知っていた。だから、その孤独に寄り添える存在を必要としていた。鬼島天下の手を取ったのは、つまるところそういうことなのだろう。
「ところで的場牧師、誤解をなさっているようですので申し上げておきますね」
先ほどまでの暗い雰囲気を払拭するかのように、涼が茶目っ気たっぷりに言った。悪戯を告白する子どものように目を輝かせて。
「例のハンカチの贈り先は、私ではありませんよ」




