七
「気後れ、というか後ろめたさというのか……妙に腰が引けてんだよな」
「そりゃそうでしょう」
元とはいえ、教え子と教師なのだから。周囲に知れたら、うるさい連中が黙ってはいない。自分のためにも、彼のためにも隠していた方が得策。同じ『教師』だからか、望にはまだ会ったこともない教師の心情が理解できた。
天下は半目になった。目つきが鋭いので睨んでいるようにも見えた。
「そんなに、責められることなのか」
独り言のように呟き、ため息をついた。
「俺が高校さえ卒業すれば、問題が解決すると思ってたんだがな。今度は『元』教え子が付いてまわる。それこそ犯罪歴みたいに」
「責めてはいないよ。悪いことだとも思わない。ただ珍しいから好奇の目には晒されるだろうね。そこはマイノリティの宿命だと思ってあきらめるしかない」
「あんた、牧師のくせに冷てえな」
「それはどうも」
「褒めてねえ」
とは言っているが、天下が口先だけの激励を求めているようにも見えなかった。彼は理解している。理不尽で不条理。それを知りつつ選んだのは自分だ。どんなに不満を述べようが、他人の意識は一朝一夕では変わらない。ひたすら忍耐するしかない。
「ところで、お相手の先生のお名前を伺っても?」
「渡辺涼。『涼しい』の『涼』だからよくリョウって呼ばれる。かく言う俺も一年近くリョウだと思い込んでた。お袋もたぶんリョウだと思ってんだろうな。今でも音楽科の先生以外はほとんど『リョウ先生』って呼んでるみたいだし」
訂正しなさいよ、そこは。望の思考を見透かしたように天下はさらりと言った。
「昔からそうだった。自分のことに関して他人の理解を求めない。弁解もしない。潔いと言えなくもないが、俺に言わせればあきらめがものすごく早いだけだ」
「相当ご苦労されているようで」
「まあ、それなりにはな。こっちも面倒な人だと知った上でアプローチ掛けたわけだから」
望は渡辺涼との面識はない。鬼島天下とも今、話をしたのが初めてだ。だから無責任に応援することも止めることもできない。
ただ、天下が語る様を見て、よくよく考えた上での決断だということは理解できた。一時的な感情ではなく、意志を持って互いの手を取り合ったのだと。だからこうして悩んだりしながらも二人で歩み続ける道を模索している。
「どうしてレシートを落とすなんて迂闊な真似をしたのさ。細心の注意を払って隠してきた大切な『恋』なんでしょ? 口を滑らせるならばまだしも物的証拠まで残すなんて、実に君らしくない」
「……そうだな」
天下は口元に苦笑を滲ませた。羨望と諦観の入り混じった眼差しでどこか遠くを眺めている。寂しく切なくて、でもささやかな幸せを噛み締めるように。
「俺はきっと、誰かにこうして話したかったんだ」