六
「な、なんで」
「統から先生のお話は何度か伺っておりますし、祝会の集合写真を拝見したこともありまして」
だとしても、何故尾行に気づかれたのか。望の思考を見通したのか、天下は困ったように頰をかいた。
「さすがに段ボールを担いだ方がこっちをじろじろ見ていたら大抵の人は気付くかと」
ごもっとも。望はぐうの音も出なかった。
「……あの、これには、その、ガリラヤ湖よりも深い理由がありまして」
「母でしょう?」
「いや、まあたしかに美加子さんから相談されたりもしましたが、あくまでも今回は」
「大丈夫ですよ。母には言いませんから。気になるのなら直接訊けばいいのに、先生に探らせるとは母もなかなかやりますね」
信じてもらえていない上に、長男の中で美加子の心象が悪くなっている。ゆゆしき事態だ。
「とりあえず、立ち話もなんですから」
場所を変えての話し合いを提案すれば、天下は存外あっさりと承諾した。望が立て掛けていた段ボールを、さりげなく小脇に抱えて運ぶという気遣いまで見せる。そつのなさ。丁寧な物腰。どこかの誰かさんを彷彿とさせる好青年ぶりだ。非常に胡散臭い。
向かったのはデパート内にある喫茶店。若者客に向けてかパフェやケーキも豊富に揃えた店だった。適当に飲み物を注文して、落ち着いたところで天下が口火を切った。
「先ほども言いましたが、俺は」
「ストップ」
望は手を出して天下を制した。
「敬語をやめてくれないかな?」
先ほどからずっと気になっていたのだ。線を引いているような、必要以上に踏み込ませないようにしている。天下は二十歳と聞いている。望とは三年違う程度だ。敬語を使わなければならない歳の差でもないだろう。
「俺は別に構わねえけど」
天下は片頬を歪めて笑った。口調は元より雰囲気も粗暴な印象を受ける。想像以上の豹変ぶりだった。
「それが素?」
「いや、正直、演技してるつもりはねえな。相手によって使い分けてる」
だとすれば相当な猫かぶりだ。察するに母親である美加子でさえ把握していない。統は知っているだろうが。お付き合いしているらしい教師はどうなのだろう。
早速、望は本題に入ることにした。
「統くんから聞いたんだけど、君は高校時代の恩師と交際しているとか」
「付き合って二年目」
「あ、そこ否定しないのね。まあ、いいや……で、高校卒業後に、正式なお付き合いを始めたと」
「……一応、そういうことになる」
はぐらかしているようにも取れる曖昧な返答。天下は肩を竦めた。
「高校の時に告って、なんとか了承もらって」
「なんでそこで正直に白状しちゃうのかな!」
望はテーブルに突っ伏した。聞かなかったことにしてしまいたかった。ギリギリ白だと信じていたのに、灰色、いや黒か、とにかくあまり世間様には言えないデリケートな時期だ。
「俺はそれほど後ろめたく思ってないから、だろうな。高校二年の春過ぎから俺がアプローチを始めて、結局OKもらえたのは卒業ギリギリだったし」
ほぼ卒業と同時期だと主張したいらしい。それにしても堂々とし過ぎていないか。
「いつもこんな家のそばのデパートとかでおデートを?」
「いや、いつもは」と言葉を濁して、天下は「ちょうど解禁したばかりだったもので」と言い直した。
「解禁?」
「俺が二十歳になったら腹くくれって言ったんだ。いつまでも『可愛い教え子』というのも、さすがにな」
天下には悪びれる様子もない。居直っているのとも違う。淡々と、至極当然のことのように語る。