十三
洋平から電話があったのは、礼拝も終わった昼過ぎだった。名寄では午後の三時から礼拝を行うので、その前にとわざわざ帰還報告。洋平のそういう律儀な性格は、望は嫌いではなかった。
『世話になったな』
「いえいえこちらこそお構いもしませんで」
『全くだ。体調管理はしっかりしろ。元気な子を生めなくなるぞ』
誰と誰の子だよ。即座に浮かんだツッコミの台詞を望は喉の奥に押し込んだ。
「お願いだから教会員の方にはそういうセクハラ発言はしないでちょうだいね」
『当たり前だ、三杉じゃあるまいし。俺は貴様以外には言わん』
同期限定のセクハラ宣言。さらに洋平は自分のことを棚に上げて『ところで奴は大丈夫なのか』と他人の心配をしだした。
『ハロウィンまで三ヶ月以上もあるというのに、徹夜で仮装の準備をしていたり、猫耳の仮装娘や桃色の幼女を「俺の嫁」だのーー』
「いつものことじゃん」
『ーーと、いつも言っていたのに、先ほど自宅の留守電に奴が不審なメッセージを残していた』
望は首を傾げた。今朝空港で別れたばかりの三杉が洋平に一体何を。
「忘れ物?」
『いや、どうも違うらしい。俺にもよくわからんが「公衆の面前で抱き合うなんて」だの「むっつりスケベ」「泥棒猫」だの一通り罵倒した挙句「お前には絶対負けない。運命の人は渡さな」と宣戦布告している途中で録音が切れた』
意味不明かつ気持ち悪い詩的表現は三杉らしいと言えば、三杉らしい。
「今朝、喧嘩別れでもしたの?」
『奴が一方的に運命の恋について語っていたのを右から左に聞き流したぐらいだ』
「いつものことだね」
『ああ。いつものことだ。だから心当たりが全くない。そもそも牧師である以前に社会人として、奴は簡潔に物事を伝えるよう心掛けるべきだと俺は思う』
三杉の伝達技術はさておき。問題は三杉は一体何を責めているのか、だ。断片的な台詞を並べるとまるで洋平が三杉の恋人を奪ったかのようだ。
「羽田空港で猫耳のメイドさんと抱き合ったとか」
『何故俺が嫁でもないご婦人と抱き合わなければならんのだ。ただでさえ昨今は牧師のセクハラ問題が浮上しているというのに』
初対面の女性に挨拶ついでに握手しただけでも訴えられる恐れのある今日の日本社会。いくら聖書馬鹿の洋平でもそのくらいの配慮はしている。空港で意味もなく女性と抱き合うとは考えにくい。
あれこれ考えていたら、電話の向こう側で洋平が深いため息を吐いた。
『……何故、あんな馬鹿が同期なのだろう』
「それこそ『運命』なんじゃないの?」望は投げやりに言った「神の御心は人間ごときじゃ、はかれないさ」
これにて「イサクの嫁探し」は終了です。