8 最悪のプロポーズ
結局、俺はリンカの言葉に従い、アリアをハーレムメンバーとして迎える事に決めた。
もちろんハーレムと言っても形だけ。加護を与えるためであり、他の女性を迎えるつもりは無い。
「リンカ、これだけは言っておくぞ。もう必要だと感じたらお前に貰った力に素直に頼る事にする。いまの俺は所詮無力な餓鬼って事は十分理解したからな」
『ふんふん、それで?』
「だけど魔王を倒すとか世界を救うとかとはまた話が別だ。例えこの世界の人類が滅ぶとしても、そこに俺みたいな異物が介入しちゃいけないと思う。飽くまで視界に入った人たちを助けるためだけに力を使わせて貰う事にするよ」
リンカ的には俺に魔王とやらを倒して欲しいようだが、それは何かが違う気がするんだ。
『ふぅん。まっ、別にいいんじゃないかな? 今はそれでさ。ただ一つだけ予言しておくよ。これからこの過酷な世界で生活していく中で、きっと君が守りたいと思う人たちは増えていくよ。そしてそれを可能にする力を持つ以上、いずれ世界を救う選択をする事になるよ、君は』
「かもな……。だけど、今だけは俺はアリアとリズを守るためだけに生きたいと思うんだ」
『ふぅん。まだ出会ったばかりの母娘に良くそんなに感情移入が出来るもんだねぇ。そこがホクト君のいいところでもあるのかな? まあボクはこっちからその光景をゆっくり見守らせてもらうよ』
「……ったく。やっぱりお前は性悪女神だよ」
そして、止まっていた時間が動き出す。
◆
「えっとアリアさん。一つ提案があるんだけどいいかな?」
「……なんでしょうか?」
俺の言葉にアリアが身構える。
やはり、彼女は俺が身体を求めてくるものだと思っているのだろう。
そして、それはもうあながち間違いとも言い切れない。
「あーえっと、俺もこういう事言うの初めてだからさ。その……単刀直入に言わせて貰うね。……どうか俺と結婚して欲しい」
『へぇ。ホクト君ってば案外男らしい一面もあるんだね。オタクの癖に』
おい、オタクの何が悪いってんだ。喧嘩なら買うぞ。
「はい……?」
俺の唐突な言葉の意味を理解できなかったのか、アリアが首を傾げている。
「実はね、知り合いから君たちの境遇を少し聞かされててね」
情報ソースは女神です。まあ嘘は言ってない。
「そう、ですか……」
俺の言葉に明らかに落胆して下を向くアリア。
まあ他人には知られたくない話だろうからな。
「もちろんまだ出会ったばかりで、戸惑う気持ちは分かるよ。けど今のままじゃ君たち母娘に先が無いのも分かるよね?」
「……はい」
俺の言葉にますます下を向くアリア。
『……まあ所詮、彼女いない歴=年齢の男なんてこんなもんだよね』
えっ? 俺なんかマズイ事いったか?
『もうちょい言い方くらい考えようよー』
ううっ、そんな事言われてもな。
「え、えっと、ともかく俺と結婚してくれれば、君たち2人の事は絶対に守るから。だから……その、どうかな?」
『はぁ……。最低最悪のプロポーズだよねぇ。アリアちゃんかわいそー』
いやさ。だって他にどう言えばいいんだよ? アリアとはまだ出会ったばっかだし、愛してるなんて嘘は言えないぞ流石に。
『もう。言い訳はいいから、アリアちゃんの方に集中しなよー』
あ、ああ。そうだな。
「……ホクトさんの申し出は理解しました。謹んでお受け致します。ただ私のことはどう扱っても構いませんので、どうかこの子だけは……」
そう言いながらアリアはリズをギュッと抱き寄せる。まるで母が娘を悪魔から守るような光景だ。
え? 何この雰囲気? 俺、アリアとリズの事を全力で守るって宣言したはずだよね? なのに、どうしてこんなことに……?
『いやー。さっきのホクト君の言い方だと誤解されても仕方ないと思うよー?』
ううっ……。マジかよ……。
その後、俺は何度も言葉を重ねてアリアの誤解を必死で解く羽目になったのだった。
◆
そしてその夜。結婚の手続きだけをさっさと済ませた俺達は、同じ部屋で寝る事となった。
もう遅い時間なので、隣のベッドではリズがスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。
俺とアリアの2人もまた、もう眠る準備に入っていた。
『さてさて新婚初夜だねぇ。それでヘタレなホクト君はどうするつもりかな?』
いやいや普通に寝るだけに決まってるでしょうが。結婚はしたけど、あくまで形だけだぞ?
『うーん。悪い事は言わないから抱いてあげなよ。アリアちゃんも色々不安なんだよ』
不安って何がだよ?
『だってさ君に貰うばかりで何も返せないじゃない。ならいつ君に見捨てられてもおかしくはないでしょ?』
俺は2人を見捨てるつもりなんて無いぞ?
『そんなの彼女には分かんないじゃんー。君と結婚したのだって、ホントにどうしようもない状況だったから仕方なくなんだよ? だったらリズちゃんの為にも君の歓心を引こうとするのはむしろ当然の行動じゃないかなぁ?』
むぅ……。確かにリンカの言う通りなのかもしれないが……。けどなぁ……。
『ふぅん。自分を愛してない相手を抱くのがそんなに嫌なの? それならいい方法があるよー』
なんだよいい方法って?
『ふふっ、君のその左手に宿る力を使うのさー』
リンカ曰く、俺の左手には頭を撫でるだけで異性を惚れさせる能力――すなわちナデポの力が宿っているそうだ。
庇護を求める女の子を安心させるために抱くか、それともチートの力で惚れさせて安心させるか。
結局、俺が選んだのは前者だった。やはり使わなくても済む場面ではなるべく力には頼りたくはなかったのだ。
『あーあ。君もけっこう酷い男だよねぇ。無理にでも惚れさせてあげた方がきっと彼女にとっても幸せな事だっただろうにさ』
だとしても俺にはそう出来なかった。
アリアと正しく相思相愛となるビジョンを捨てられなかったからだ。
きっと俺は彼女に運命の相手になって欲しかったんだと思う。
例えお互いが既に非童貞と非処女であったとしても……。