7 最初のハーレム候補
『ふふっ、この母娘の事情が気になって仕方ないみたいだねぇ、ホクト君』
そりゃな、気にならない訳ないだろうが。
『ならボクが教えてあげるよー。アリアちゃんはねぇ。5年ほど前に盗賊に襲われて、誰が父親かもわからない子供を身ごもっちゃったんだぁ』
「なんだと!」
思わずそう大声を上げてしまってから、俺は慌てて口を塞ぐ。
『安心してよぉ、今は時間を止めてるからさぁ』
見れば周囲の誰もがその動きを止めていた。
ツッコみたい事は山ほどあるが、今は我慢しておく。
「……続きを頼む」
『それでね、その時に彼女の両親やお兄ちゃん2人も死んじゃってねぇ、親戚に引き取られる事になったのさ』
盗賊に親兄弟を殺された挙句に辱しめを受けた訳か。
現代日本でもまあ似たような話は有り得なくはないのだが、やはりどこかの無関係な話にしかこれまで感じていなかったのだろう。だからかその被害者とこうして直接対面してしまうと、色々と呑み込めない感情がこみ上げて来てしまう。
「それで?」
『その親戚ってのがまた悪い奴らでねぇ。アリアちゃんって実は結構大きな商家の娘でさ、その遺産が目当てだったんだよね。最初は親身になったふりをして彼女に取り入って。それで家の事とかを代わりにやってあげる振りをしてさ、そのまま全部乗っ取っちゃたんだよ。で用済みになった彼女はつい先日、ちょっとした小銭と一緒に母娘そろって放り出されちゃったって訳さ』
「くそっ、なんだよそいつらは! あんまりじゃないか!」
『そうだねぇ。でも君の力があればそんな彼女の悲惨な運命だって、救ってあげられるかもよ?』
恐らく時間を巻き戻す能力の事を言っているのだろう。
「だったら、それで――」
『でもさ、そうするとどうなっちゃうと思う?』
どういう意味だ?
アリアの両親が死ぬ事はなくなって、彼女は盗賊なんかの子供を……。
そこまで考えて俺は気付いてしまう。
『そうだよ。そうすると今度は、このちっちゃなリズって女の子が生まれなくなっちゃうよね』
下手にアリアを救えば、今度はその娘であるリズの存在そのものが消えてしまう。
『くそっ。そんなの出来る訳ないだろうがっ!』
出自はどうでも、今こうして生きている命を消すような真似は俺には絶対に無理だ。
『まあホクト君ならそう言うと思ったよ』
「だったらお前は何を言いたいんだよっ!」
わざわざ時間を止めたのは、そんな胸糞悪い現実をただ俺に突き付けるためだけじゃないんだろう?
この性悪女神はもっと何か別の事を俺にやらせるつもりなのだ。
『えへへ、分かるぅ?』
「分かるに決まってるだろうが! このくそ女神が!」
『折角色々と教えてあげたのに酷い言われようだなぁ。まあいいけどねぇ。それでねボクとしてはさ、彼女を君の最初のハーレムメンバーにしたらどうかなって思ってるんだよ』
「……はぁ?」
『だってぇ、君ってばもうその母娘にすっごく同情しちゃってるよね? なのに、このままご飯だけ食べさせて、はいさよならって放り出すつもりなの?』
「……どういう意味だ?」
『ボクは言ったよねぇ? 彼女は家を追い出されたばっかりだって。住む家もない後ろ盾もない、ただやせ細った17歳の女の子がさ、マトモな職になんてありつけるとでも思う?』
「……そりゃ冒険者とかは無理だろうが、例えばここみたいな飲食店とかでなら……」
アルバイト的な仕事かなんかで食いつなぐ事は出来るんじゃないのか?
『ははっ、そうだねぇ。アリアちゃんってば今はやせ細っててちょっとアレだけど、少し肉付きを良くしたら可愛いだろうからねぇ。だからこの店でも雇って貰えるだろうねぇ』
「可愛いから雇って貰える? どういう意味だ?」
たかが飲食店でちょっと働くだけで、どうして容姿が重要になる?
そりゃ見た目がいい程、多少は優遇はされるかもしれないが、そんなの別にどんな職業だって一緒じゃないか?
『ねぇ、君の左斜めの席をよく見てみなよ?』
俺がそんな疑念を抱いていると、ふとリンカがそう告げる。
「んん……? なんか小汚いおっさんが、従業員の女性にチップを渡しているっぽいな」
30前後くらいの女性だ。何かやつれた表情をしている気がするが、見た目は割と整っているようにも見える。
「んん……金貨?」
渡されている硬貨の種類が明らかにおかしい。
チップなら銅貨を1、2枚渡せば十分なはずなのに、これはちょっと変じゃないか?
『気付いたみたいだね。ただのチップにしてはやけに多いでしょ。あれってね、いわゆる春を売るってやつなんだよねぇ』
「まさかっ……」
『そうだよぉ。確かにここみたいな場末の飲食店ならさ。彼女みたいな身元不明の女の子だって雇ってくれるかもしれないよねぇ』
だがそうすると言う事はつまり……。
『そっ、彼女も当然、同じ事をしなきゃだろうね。だってこんな店の給金なんてたかが知れてるからね。ああ、現代日本の感覚で考えちゃだめだよ。それだけで母娘2人が生活しようとしたら餓死まっしぐらだよ。それは断言してもいいね』
盗賊に両親を殺され自身も犯され、その上親類にさえ裏切られた少女に対し、この世界は更なる苦難を強いるというのか。
『ホクト君は気付いてないみたいだけど、彼女がさっきから下ばかり向いてるのも、似たような理由からなんだよね』
「……どういう意味だ?」
単に見知らぬ他人に食事を奢って貰う事に、遠慮しているのかと思っていたが……。
『彼女も随分と人間不信になってるみたいだからねぇ。食事代として自分の身体を要求されるかもって警戒してるんだよ』
「なんだよ……それ……」
まったくの善意からしたはずの俺の行動が、アリアを追い詰めてしまっていたのか?
『うーん、その辺は別にホクト君が気に病む必要ないんじゃない? そんなつもりなんて全然無かったんだしさ。何よりアリアちゃんもそれは覚悟の上だよ。むしろ君が本当に良い人そうなら意地でも取り入って見せる。そんな考えすらあるっぽいよ?』
「……そうか」
俺の善意は彼女を素通りし、ただ金づるとなるかどうかを見定められていた、って事なのか。
だがその事実を知っても、俺は全く責める気にはなれなかった。
そうせざるを得ない程に追い詰められている事が分かってしまうからだ。
「……なぁ、俺はどうすればいいんだ?」
色々な事を一度に知ってしまい、俺の思考はもう停止寸前だ。
『そんなの簡単さ。君のハーレムにアリアちゃんを入れてあげればいいんだよ。ボクは言ったよね? 君には異世界チーレム生活を送る為の力を与えたって。君の持つチート能力の効果範囲は当然ハーレムメンバーにも及ぶのさ。だからその加護を得てしまえば、その2人はもう安全安心って訳だね』
「……そうか」
『それでどうするの? またそんな力に頼るのは嫌だーっとか言って、この2人を見捨てるのかな? 今回は別に止めないよ? だってアリアちゃんは君がずっと求めてた運命の相手なんかじゃないしね。……だってその子、もう処女じゃないんだからさぁ』
クスクスとリンカが俺を嘲るように笑う。だが今回ばかりは怒る気にはなれなかった。
「もういい。俺が悪かった。俺がどれだけ考え無しだったか、ちゃんと分かったから……だから、もうやめてくれ」
確かに俺は夢を抱いていた。運命の女性と互いに清らかな立場で結ばれる事を。
けどもういい……。そんなの今俺の目の前にある現実の重さと比べれば、紙キレ同然だ。いやそう思わないと、俺はもう自分を許せなくなってしまう。
『ボクは別にね、君の努力によって力を得るべきだって考えが間違いだとは思っていないんだよ? けどもう分かってるとは思うけどさ。力が無くちゃ誰も救う事なんて出来ないんだよ。だったらさ、力の出所なんかに執着するよりも本当に気にするべきはさ、それをどう扱うかって事なんじゃないかなぁって、ボクは思うんだよ』
先程の冷たい声から一転、俺を諭すような宥めるような、そんな優しい声でリンカがそう囁く。
「ああ、そうだな。ホントにその通りだ。……なんだ、その……色々文句ばっか言って悪かったな」
『ふふっ、これでもボクは女神だからねぇ。導く子らの成長の為なら、いくらでも罵声なんて受け止めてあげるさ』




