35 エピローグ(前編)
あれから色々な事があった。
魔王セッテ戦の後処理を終えた俺たちは、ようやく目的地であるノルテ聖王国へと辿り着いた。
そこで3人が暮らせる小さな空き家を借り、仮の宿へと定めた。
少し生活が落ち着いたところで、いよいよ俺が抱える事情を――女神リンカに与えられた勇者としての役割。
それをアリアへと語る事となった。
「……ホクトさんは女神様に選ばれた英雄だったんですね。そんな気が遠くなるほどの昔から……」
向かい合わせのソファーに座ったアリアが、感慨深そうにそう呟く。
「まあな。自分でもびっくりする程長い付き合いだよ、あいつとは」
累計すれば優に1万年を超えるだろう。
その割に俺の精神は大して成長しちゃいないが、だからこそずっと勇者でいられる。
「……なんだか少し妬けちゃう話ですね」
俺とリンカの間には、長年の間に紡がれた強い絆が確かに存在していた。
それを感じ取ったアリアが、少し拗ねた表情を浮かべる。
だがそんな彼女の姿もまた、俺にとってはただただ愛おしい。
しかし話がハーレム関連まで及ぶと、急に冷たい視線が寄せられてくる。
「……そのナデポの力でしたっけ? ホクトさんってば、私にもそれを使ったんでしょう? もう! だからこんなにいつも胸がバクバクいって、頭の中があなたの事ばかりで一杯なんですね……」
はぁ、と溜息を吐きながら、アリアがそんな憤った想いをぶつけて来る。
「いや。君にはまだ使って無いんだが……」
だがそれは濡れ衣だった。ナデポの力は使っていない。
使う必要に駆られていないからな。
だが俺がそう告げた途端、彼女の顔が面白いように沸騰した。
「えっ、えっ……うそっ、私ったら……!?」
抗議のつもりが、ただ情熱的な告白をぶつけただけ。
その事実に気付いた彼女は、真っ赤にした顔を両手で覆い、そのまま固まってしまった。
「ははっ、本当に君はかわいいな。以前の俺にも女性を見る目だけはちゃんと残っていたようだ」
俺は誰にも聞こえないような小声でそう呟きながら、しばらくフリーズしたアリアの愛らしい姿を見守っていた。
「ねーお父さん。お母さんどうしたのー?」
そんな母の姿がおかしかったのか、隣に大人しく座っていたリズが指差しながら、そう尋ねて来る。
「さあ、どうしたんだろうね?」
そんなリズを引き寄せ抱え、その頭を撫でながら、俺はそう答える。
「えへへー。お父さん大好きー」
リズは俺を父と呼び、今ではアリアもその事を認めてくれていた。
子育ては久しぶりになるが、たまには悪くない。
そんな幸せな気分に俺は浸っていた。
「そ、その……ホクトさんは、これからそのハーレムを作るんですよね?」
ようやく復活したらしいアリアが、そう尋ねて来る。
「多分、そうなるだろうな。この世界の人類はとても弱い。俺の遺伝子で強い種族へと生まれ変わらせる必要があるんだ」
魔王とか魔物とか実はあまり関係なかった。
仮にそれらを駆逐しても、遠からず互いに相争い自滅する運命が待ち受けているのだ。
なんとも弱い生き物なのだ人間とは。
数々の世界を救ってきた俺は、時折そんな使命を背負う事となった。
リンカがハーレムを推奨する場合は、大抵そんな理由からなのだ。
彼女とて俺を愛する女性の一人なのだ。
好きな男にわざわざハーレムを進める事なんて、ホントはしたく無いのだと思う。
それでも私情を殺して、女神としての務めをリンカはずっと果たしてきた。
そんな彼女の意思に沿うべく、俺もまた多くの女性たちを口説き落としてきたのだ。
……まあ女の子は大好きだから、別にいいんだけどさ。
ともかく、そればっかりはアリアがどれだけ不満に想っても、いずれは果たさなければいけないことだった。
「とはいえ、だ。しばらくは親子3人で暮らすのも悪くはないかもな」
どのみち残る6体の魔王を狩るまでは、世界統一など不可能だ。だったら、そこまでは無理にハーレムなど築くこともないだろう。
昔の俺なら、きっとそうはしなかっただろう。地球で生活した記憶が、俺にその選択肢を選ばせた。
その変化を、俺はそう悪くないとも感じていた。
「そっ、そうですか……」
俺の言葉に安堵しかけつつも、すぐに気を引き締めるアリア。
「そう心配するな。仮に他の女を抱く事になったとしても、俺にとっての一番はお前だよ」
リズを左手で抱いたまま、空いた右手で彼女を抱きよせる。
「……はいっ、信じてますからっ」
涙を目に浮かべながら、アリアがそっと肩を寄せてくる。
これにて話は一件落着。
とは残念ながら、いかなかった。
『まったぁ! その言葉はちょっと聞き捨てならないよ。ホクト君!』
そんな場違いな声が彼方から響いてくる。
「えっ、えっ!?」
突然のその声に、アリアが目をパチクリさせながら周囲を見回している。
だが狭い室内に隠れる場所など見当たらず、建物の回りにも人の気配はない。
今の俺の警戒をすり抜けるなど、例え魔王にだって不可能だ。
となると、答えは一つしかない。
「はぁ……。なぁ、ちょっと早くないか?」
アリアには聞き覚えはないだろうが、その声は俺にとって酷く懐かしいモノだった。
女神らしく凛とした声色の……しかしちょっと残念さも感じてしまう声だ。
間違いない。この声の主は……
「やっほー、おひさー!」
俺たちのすぐ傍に、一人の女性が降り立った。
濃い桃色の長い髪をなびかせた女性だ。
後光を背負い、それにも負けない美貌を前面に押し出している。
「……キレイ」
同性であるアリアでさえも、思わず目を奪われてしまう程の美しさだ。
これで口を開かなければ、完璧な美の女神なのに。
俺は常々そう思っている。
「もう! 失礼だなぁ、相変わらずだよね君ったらもう! その辺、ちょっと前の方がしおらしく良かったよねー」
「で、どうしたよ。突然降臨なんかして?」
リンカクラスの女神なら、普通の状況ならば降臨自体はそう難しくもない話ではある。
だが今の彼女は、神々との全面戦争の真っ最中のはず。
「あ、あのホクトさん……この方がもしかして?」
俺の隣へとやってきたアリアが、袖口を引っ張りながら小声でそう尋ねて来る。
「ああ、こいつが噂の女神リンカだよ」
「やっほー。アリアちゃんリズちゃん初めまして! ボクが女神リンカだよー!」
「この方が……」
にこやかな挨拶をしてくるリンカに対し、アリアは何故か警戒心をむき出しだ。
「うふふっ。その視線、ボクへとライバル心を向けてるんだね。いいねぇ、受けて立つよぉ。どっちがホクト君の正妻に相応しいか、決着をつけようかぁ!」
「はぁ、何を言ってるんだよ……。大体お前、そんな暇あるのか?」
神々との全面戦争とやらは、どうしたよ?
「あははっ、そっちは大分長引きそうだからさ、ちょっと化身を作ってこの世界に下ろしたんだよね」
「なるほどな。本体は上の世界で絶賛戦闘中って訳か」
まあリンカなら、その意識を分割するのは自体はそう難しくはないのだろう。
とはいえ、その分だけ本体の性能が削られるはずなんだが。
なんか全てを敵に回した癖に、妙に余裕だな。
「そだねぇ。思ってたよりも正面きって敵対してくる神が少なくてねぇ。前に地球の神々を徹底的にボコって18億年くらい封印してやったせいか、なんか皆腰が引けてるんだよねぇ?」
「おいおい……そこまでやったのかよ。てか18億年って、それって復活した頃には地球滅びてねぇか?」
地球の残り寿命がたしかあと17億5千万年くらいだったはずだ。
不滅が定められた神々にとって、長期間の封印こそが一番キツイ仕打ちとなる。
庇護すべき種族が滅びた世界に君臨しても、何のうま味も無いからな。
「えへへ、そうだっけぇ?」
お前、絶対に分かっててやっただろ?
はぁ、やっぱり恐ろしい女だな、コイツは。
何者も――神さえ恐れぬ俺だったが、唯一この女神にだけはどうも勝てる気がしない。
以前の俺が邪神呼びしていたのは、正しかった。
改めて、そう実感させられる。
後編に続きます。
それから、その後についての話を1話投稿して完結の予定です。




