33 誓いを果たす時
横たわる黒の四足獣――魔王セッテの残骸から、肉の盾として扱われていた人々を救出した。
「やれやれ……手間をかけさせる」
セッテに取り込まれた彼らの肉体は、既に原型を留めていなかった。
そのせいで新しい肉体を用意する必要があり、少し面倒だった。
取り込まれた連中一人一人の記憶を覗き見ることで、その本来の姿を復元する。
そんな作業をやる羽目になったのだ。
「生きてる! 俺、生きてるぞ!」
「うそ……。これって夢じゃないわよね?」
連中は現実を――自分たちが助かった事を認識すると、歓喜の声をあげ始めた。
多くの者たちが生還を諦め、苦しみから逃れるための死ばかりを望んでいた。
そんな境遇から一転して、傷一つない新品の身体を取り戻したのだ。
どん底からの上昇に彼らは感涙し、ほほを紅潮させながら喜びに舞った。
ちなみに元々抱えていた疾患の治療なんかもしてあった。
とはいえ別に俺がサービス精神を発揮したなんて話ではなく、単にそっちの方が楽だったからに過ぎない。
もちろんツンデレ的な意味じゃなくだ。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます……!」
「ああ……。あなた様はもしや神なのでは……」
しばしの感動に浸っていた彼らだが、施しを与えた俺の存在を思い出したらしく、口々に礼の言葉を述べていく。
「おい! なんで俺だけ縛られてるんだよ! くそっ、この縄を解きやがれ!」
そんな中、一人だけ抗議の声をあげる者がいた。
そちらに視線をやれば、40前後のひなびた格好をした貧民の男が、縄で縛られて転がされていた。
まあそれをやったのは、この俺自身なのだが。
「……あのホクトさん。何故あの方だけ?」
そんな俺の行動が疑問だったらしく、アリアがそう尋ねて来る。
「他はまあ、概ね善良な市民だと言っていい連中だった。けどコイツだけは違った」
「あの……どういう意味ですか?」
俺の言葉を聞き、首をかしげるアリア。
肉の盾として扱われた連中は、この先にあるテヴォルの街の住民であった。
それはまあ事実だ。
平穏に暮らす彼らの姿を見て、魔王セッテは彼らがみな一般人であるとの判断を下したのだろう。
盗賊などの犯罪者では、以前の俺にさえ人質の価値など無かったからな。
そうした判断自体は別に間違ってはいない。
だだセッテの選定は少し大雑把であった。
一般人の中に罪人が混じっていたのに気付けなかった。
それがこの男だった。
肉体を再現する過程で、覗き見た男の記憶。
そこには決して見過ごせない過去が存在していた。
「それを話す前に、おい。ちょっとこの娘の世話を任せるぞ」
助けた者たちの中でも、特に信用できそうな数名へとリズを預け、遠くへ下がらせる。
「……リズには聞かせられないような話なんですね」
「まあそう言う事だ」
それだけ言って、しばし待つ。
アリアの心の準備が出来たタイミングを見計らってから、俺はゆっくりと事情を語り始める。
「実はな。あそこに転がっている男なんだが、もとは盗賊だったんだよ」
今でこそ一般市民に紛れているが、実態はロクでもない男だった。
「っ!? ならそんな奴、直ぐにでも殺さないと!」
アリアがその瞳に憎悪の炎が灯らせながら、そう叫ぶ。
彼女の盗賊嫌いは相変わらずの様子だ。
「ああ分かっている。生かしておくつもりは俺もない。ただ少し落ち着いてくれ。この話にはまだ続きがあるんだ」
「……分かりました」
俺が奴を殺すとそう断言したことで、一旦は話の続きを聞く姿勢を見せるアリア。
だがその瞳に宿る豪炎の滾りに、衰えの気配はない。
「そのまま、なるべく冷静なままで聞いて欲しい。あの男はな……かつて君の家族を殺した盗賊一味、その一員だったんだ」
「……っ!?」
俺の告げた衝撃の事実に対し、声にならない程の驚きを見せるアリア。
「君の実家を襲って得た大金で、奴は盗賊稼業から足を洗った。そうしてこの街に住み着いたのさ」
「……っっ!!」
歯の軋む音が響く。
怒りを抑えんと、アリアは必死に耐えていた。
「だが所詮は盗賊に身をやつした男だ。せっかく得た大金も遊び惚けて使い果たし、そのあとは貧民街の方へと流れたようだな」
全く救いようのない男だった。
もっとも救う気なんて、そもそもないけどな。
「……そんな。たったそれだけの理由で、お父さんもお母さんもお兄ちゃんたちも商会の人らも……みんな殺されたって言うんですか?」
「そうだ。しかも君たち一家を襲った盗賊たちは、あの男以外はもう全員死んでしまっている。大金の分け前で揉めて、まず半数が死んだようだな。残る半数も、どいつもこいつもロクでもない人生の果てに、あっさりと野垂れ死んでいったようだ」
大金を得たクズ同士、いつ金を奪われるか牽制し合っていたらしく、互いの動向だけは把握していたようだ。
その果ての生き残りが、あの男だった。
「……許せない。そんなの……みんなが無駄死だったって事じゃないですかっ!!」
アリアが憤りを露わにそう嘆き叫ぶ。
もし家族の死に何らかの意味があったなら、まだ許せたのかもしれない。
だが実際は何の意味もなかった。
どころか、クズみたいな連中を無駄に生き長らえさせ、またいくつもの別の悲劇へと繋がっただけだった。
「殺す。絶対に殺してやるっ……」
怨嗟に満ちた声を漏らしながら、アリアがゆっくりと動き出す。
護身用に預けておいた短剣を懐から取り出し、フラフラとした足取りで男の下へと向かおうとする。
「落ち着いてくれ。まだ話は終わっていないんだ」
そんな彼女の前に割り込み、その身体を抱きしめる。
「離して下さい! この手でみんなの仇を討つんです! 邪魔しないでっ!」
短剣を持ったまま暴れているせいで、何度もその剣が俺の身体をなぞるが、しかし今の俺に傷一つ付けることはない。
そうやって黙って抱き続けたことで、ようやく少し落ち着いたらしい。
ジタバタするのをやめてくれた。
「邪魔なんかしないさ。ただもう少しだけ話を聞いてくれ。少し俺に考えがあるんだ」
「……なんですか」
「以前の俺は誓ったんだ。君のために盗賊を殺すことを――忌避していた同族殺すを成し遂げる事を」
しかしその誓いは果たされないまま、俺はこうして過去の記憶を取り戻してしまった。
既にアリアからは許しをもらっていたし、もう今更の事かもしれない。
けれど、それはずっとかつての俺の心に突き刺さった棘だった。
それをちゃんとした形で抜いておきたかった。
ちょっとしたケジメという奴だ。
「だからさ。あの男を俺と一緒に殺さないか? 俺たちはもう夫婦なんだ。そろそろ形だけの関係は止めにして、足並みを揃えて共に歩むべき。俺はそう考えている。君はどうだ?」
すなわち奴を殺す事を、俺たち夫婦の最初の共同作業とするのだ。
そうする事で俺も誓いを果たせるし、無理をして俺を許したアリアの心を軽くすることにも繋がるだろう。
「……ふふっ、一緒に人を殺そうだなんて……。ホントおかしな人ですね」
日本の常識に囚われていた俺からは、絶対に出てこない提案だっただろう。
この世界の常識と照らし合わせても、割かし非常識のようだが別に問題は無い。
それに今のアリアはきっと俺がどれだけ言葉を重ねようと、あの男を殺そうとするだろう。
そうしなければもう彼女の心は耐えられない。
だがいくら盗賊を殺すことがこの世界の常識だとは言っても、殺人処女の彼女に単独作業は少々荷が重い。
俺はともかくとして、一般人にとっての殺人という行為は、やはりどうあっても重く圧し掛かる。
その重さを少しでも軽くしてやる、そんな意味合いも籠められていた。
「ホクトさん。本当に変わりましたね。今のあなたは凄く頼もしいです」
腕の中のアリアが、俺の胸板へと顔を寄せながらそう呟く。
「ああ。その辺についても、話したい事が沢山あるんだ。少し長くなるが後で付き合ってくれよ」
「ふふっ、楽しみにしてますよ。でもその前に、私の務めを手伝って下さいね?」
「分かってるさ。一緒にやり遂げよう。まずはそこから2人で始めよう」
そうして俺はアリアと2人、手を繋いで男の下へと向かっていく。




