29 呪い
「俺の前世やその前もずっと勇者だった? どういう意味だよ、それ」
リンカが語った言葉は、理解の範疇を大きく超えていた。
そもそも俺は転生した扱いにこそなっているが、感覚的には日本で生きていた頃と今とは連続していた。
なのでその更に前世とか言われても、正直のところイマイチピンと来ないのだ。
「そうだろうね。君が地球へと転生を果たす際、それ以前の記憶なんかは全部封じられちゃったからね」
「記憶が封じられるも何も、転生って普通はそういうもんなんじゃないのか?」
前世の記憶なんて普通は覚えてないもんだろ?
少なくとも日本では、前世の記憶がどうこう言いだすのは、頭のおかしい奴というのが相場だったはずだ。
「そりゃ普通の人間はね。でも君は違う。そう、君だけは特別なんだよ」
「俺が特別……? んわけあるか。そりゃ偶々トラック転生ボーナスだっけ? そのおかげかなんかで運よくチーレム能力をお前にもらえたけどさ。大体さ。そんな連中、他にも結構いるんだろ?」
他ならぬリンカ自身が、以前に俺以外のチーレム能力持ちについて語ったのだ。
その話を聞く限り、俺は割とレアな存在ではあるのだろうが、決してオンリーワンではないはずだ。
「いいや。ボクがチーレム能力を与えたのはたった一人、、君だけさ、ホクト君」
「なんだよ? ならあの話は全部嘘だったって事なのか?」
色々とキツイ事を言う奴だとは思っていたが、嘘だけはつかない奴だと信じてたんだけどな。
「作り話なのはトラック転生ボーナスがどうこうっていうとこだけだよ。最初からボクは君以外にチーレム能力を与えるつもりなんて無かったからね。何といっても、あれは君だけのためにボクが生み出した能力だからさ」
「は? でも、だったらお前が話してくれた連中は何なんだよ?」
「全部、君のことさ。まあ正確に言えば、その過去世だけどね」
「え? は? おいおい、なんだよそれ。あのクレイジーな連中が全員、俺の過去の話だって言うのかよ……?」
妙に行動力に溢れていたり、1日で10万人も殺したり、100万単位で子供作った絶倫野郎なんかが、全部俺の前世だと?
「そう。君は何度生まれ変わってもずっとボクの、ボクだけの勇者様だったんだ。そしてボクもまた君の転生だけを司る女神なんだよ」
もはやその声に、俺を小馬鹿にするような雰囲気は一切無い。
ただ情熱的で真摯で、そして何より俺への深い愛に満ち溢れていた。
「じゃ、じゃあなんで俺にきつい言葉ばっかり……」
愚か者扱いして、明らかに見下したような態度を取っていたじゃないか。
「……そうせざるを得なかったんだよ」
「せざるって……。何でだよ!」
そのせいで……俺がどれだけ凹んだか分かってるのか?
「そうだよね……君には辛い思いをさせたよね。本当にごめんね」
だがそんな俺の叫びを優しく受け止め、謝罪の弁を述べるリンカ。
その姿は女神らしい包容力に溢れており、それ以上の追及が憚られてしまう。
「君にはちゃんと理由を話さないとだよね」
「ああ、そうしてくれ……っ」
リンカが語った言葉だけでは、納得も理解も何も出来ない。
「そうだね……まずは君が地球に転生する事になった経緯から話そうか」
そう前置きしてリンカが語り始めた。
「地球に転生する前、君はこことも地球とも異なる世界で勇者をしていたんだ。ボクの与えたチーレム能力を使いこなして、その世界の人類を滅亡の危機から救った。その後は立派なハーレムを築いて、そして多くの子孫たちに看取られながら、幸せな最後を君は遂げたのさ」
「……そんなのが俺の前世だなんて、ちょっと……いや大分信じられないな」
今の俺とはあまりに違い過ぎる。
どう考えても別人だ。
「見た目は今の君とそっくりだったけどね。名前も同じホクトだったし」
「見た目も名前もかよ。なんか全然転生って感じしないな、それ」
俺の中の転生という概念が、ドンドンと崩れていく気がする。
「まあ君の場合は特別そうってだけさ。それで話を戻すけど、死んだ君の魂は然るべき時期に、然るべき世界に転生できるよう、ボクが保管していたんだ。けどね、それがある時、盗まれてしまったんだ」
「魂が盗まれた……?」
「そう。そしてその犯人こそが、君がかつて暮らしていた地球の神々だったんだ」
「なんでまたそんな事を……」
「まあ神々にも色々派閥とか何やらがあってね。端的に言えば、ボクと彼らは対立していたのさ。だからまぁ、嫌がらせの一環だったんだろうね」
リンカのお気に入りらしい俺の魂を盗んで、困らせようとした。
そんなところのようだ。
「当然、ボクは怒り狂った訳さ。それで連中を徹底的にボコって、ついでに地球の神の座も奪い取ったんだよ。でもそれに結構時間が掛かっちゃってね。結果、18年もの長い間、君を地球で過ごさせる事態になってしまったのさ」
そう告げるリンカは酷く寂しそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「その言い草的に、俺が地球で過ごしたのは何か不味かったのか?」
「そうだよ。連中はただ転生させるだけでなく、ちょっとした仕掛けを君の魂に施していたんだ」
「仕掛け?」
「簡単に言えばそうだね。地球での出来事が強くその魂へと刷り込まれる。そんな呪いさ」
出来事が強く刷り込まれる……?。
その割に俺は……。
「あれ……。なんでそう言えば俺……父さんや母さんの事……」
当時の記憶を辿り、そして俺は違和感に気付く。
18年間不自由なく育ててくれた両親や仲の良かった友人たち。
そんな彼らに対して、俺は不自然なまでに未練を抱いていなかった。
「その点もボクは君に謝らないといけないね。最初にこの世界に転生させようとした時、その呪いを解除しようボクは試みたんだ。けど思った以上にそれは強固でね。解除と同時に君が地球で仲良くしていた人々への想いまでも剥ぎ取ってしまったんだ」
「そう言う事か……。俺がただ恩知らずな人間って訳じゃなかったんだな」
本来ならば、ここで俺はリンカに対し怒るべきなのだろう。
だが俺は冷静なままだった。
怒りの根源となるべき想いが、もう俺の中には存在しない。
その証明であった。
「ごめんね。謝って許される事じゃないとは思ってるよ……」
「もういいさ。いや良くは無いんだろうけど、怒る気にもなれないしな。……しかし、なんでそれが呪いなんだ?」
出来事が強く魂に刷り込まれる。
イマイチ良く分からないが、ようは物事なんかへの執着が強まるといった意味だろう?
まあ執着が過ぎるのは確かに良くない事かもしれない。
けど日本で過ごしていた時、そんなヤバい状態に自身が陥った記憶などない。
むしろ俺は物事への執着が足りず、何をやっても長続きしない、そんな半端者だったとさえ言えるからだ。
「そう。一見分かり辛い呪いなんだよ、それは。でもね君にだけは酷く効果的な呪いだったんだよ」
「どういう事だ?」
俺にだけ? イマイチその言葉の意味が分からず、思わずそう問い掛ける。
「地球に転生する以前の君はさ。率直に言ってしまえば酷く傲慢な奴だったんだよ」
「傲慢……?」
「それだけじゃないさ。嫉妬深くて、そのくせ割と怠け者で。欲だけは人一番強い」
「え、ええ……?」
「性欲魔人でもあったし、食事にも凄く煩い奴だったね。しかも怒りっぽい。そして何より、そんな自分自身の事を善人であると本気で信じていたよ」
「おいおい、俺の過去世ってそんな罪深い奴だったのかよ」
記憶にない事とは言え、それが本当ならちょっとショックな話だ。
「いや、まあでも……やった内容から逆算すれば、そんな性格じゃないと無理……なのか?」
そんなクソみたいな奴じゃないと、ハーレムを作ったり、人を大量虐殺したり、生態系を変える程に子供を作ったりなんてできないわな。
「そう、正しくその通りさ。さっきボクは言ったよね。民衆が大罪に手を染める事を望まないってさ」
「ああ、なんか言ってたな」
まあ確かに、その方が何かと都合がいいからな。
てかその話がここに繋がるのか。
「じゃあ誰が望まないのか? 当然、それは民衆の上に立つ者たちだよね?」
それは独裁者であったり、民衆に選ばれた為政者であったり、まあ時と場合によって様々だろう。
そして過去の俺は、そんな立場にあったとリンカが言っていた。
「まさか……」
「そうさ。かつての君は民衆の上に立って人類を導く存在だった。もちろんそれはボクが与えたチーレム能力があってこそではあるけれど。でもね。今の君ならもう分かるでしょう? 民衆を導くには能力だけじゃ足りない。図太いほどに強靭な精神こそが必要なんだよ」
「たしかにそうかもな……」
同じ力を持っているはずの俺は、身近な人々を守ることさえ満足に出来ていないのだから。
少しずつリンカの言いたい事が見えてきた気がする。
人の上に立ち続けるには、きっと尋常な精神では不可能という話なのだろう。
「かつての君はまさしく大罪の権化たる脅威の精神性を持ってたんだよ。だからこそ世界を……そして人類を救う存在として、これ以上ない程に優れた存在だったんだよ」
傲慢で嫉妬深く、しかし怠惰で強欲で。それでいて色欲も強く暴食で、そして何より憤怒の化身だった。
そんな無茶苦茶にしか思えない精神の持ち主でないと、リンカが与えたチーレム能力は十全には扱えない。
きっとそう言う事なのだろう。
常人ならあの能力を活用する際、必ずどこかでブレーキを踏んでしまう。
ずっと他者の尊厳や意志を踏みにじり続けて、それでも平気な顔で一生を過ごせる人間なんて、まずマトモじゃないからな。
「そう。地球の神々の思惑は正にそれだったんだよ。平和な日本で暮らしていく仲で、常識だとか倫理観だとか、そういった余計な思想を君に植え付けようとした。そしてその思惑は見事に嵌り、かくして今の君は常識の檻に囚われてしまったのさ」
「そういう事だったのか……」
理解は出来たが、しかしイマイチ納得もしきれない。
それはやはり俺がリンカの言うところの、常識の檻とやらに囚われているせいなのかもしれない。
それでも今の俺は確かにそういう存在であり、それをどうしても全否定はできないのだ。
「分かってるよ。だから言ったでしょう。ボクも覚悟を決めたって」
そう言ってリンカが微笑む。
その笑みは眩しく、そして強い覚悟が滲み出ていた。




