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28 絶望と覚悟

 今の俺の手札だけでは、魔王セッテに取り込まれ肉の盾とされた人々を救う事は出来ない。

 だから新たな力を求めたが、しかしそれはリンカによって不可能だと断言されてしまう。


『ねぇ、もう彼らの事は諦めるべきだよ。でないと君はより大切なモノまで失ってしまうよ?』

 

「はっはぁ! どうやら情報はマジだったみてぇだなぁ! 同族を殺せないなんて、それでもオメェ魔王かよぉ!」


 魔王セッテが、嬉しそうに(わら)う。


「くっ! その人たちを今すぐ解放しろ!」


 言って聞く相手ではない事は分かっていても、そう叫ばずにはいられない。


「そいつは構わねぇが、お前の命と引き換えだぜぇ?」


「くっっ」


 俺だって自分の命は惜しい。

 それに仮に受け入れた所で、連中が約束を守るとも思えない。


「はっ! 本当に半端な奴だなぁ。どれだけ強い力を持とうが、テメェなんかにゃ負けねぇよ」


 何も出来ずにいる俺を見て、セッテがまた嘲笑(あざわら)う。


『ねぇ、聖剣の最大出力なら、あんな奴一撃だよ?』


 うるさいぞリンカ! そんな事したら他の人たちまで死ぬだろうが!


 何か手はないのか? 何か……。


「くそぉ! その人たちを離せぇぇ!!」


 気が付けば俺はそう叫び、聖剣を手にセッテへと特攻していた。


 人々を傷つけずに奴だけを仕留める。

 それだけを考えて。


「はっ、本気で考え無しのクズだなぁ。自分の馬鹿さ加減を呪いなぁ!」


 脅威の身体能力でもって俺はセッテへと迫る。

 しかし獅子の顔に浮かぶ(あざけ)りは消えるどころか、更にその濃度を増していた。


「キャァァァァァ!?」


 その理由は、直後に背後から聞こえた悲鳴によって判明する。

 それはアリアの悲鳴だった。


「しまっ――」


「遅ぇよ」


 慌てて引き返そうとするが、しかし遅きに失した。


「あ……」


 背後から現れた複数のオルトロスたちが、アリアとリズの2人を囲んでいた。

 そして連中は俺の見ている前で、2人へと襲い掛かった。

 

「ああ……なんで……」


 オルトロスたちに殺到され、断末魔の声さえ上げる事無く、一瞬のうちに食い尽くされてしまった。

 その残滓は地面へと僅かに零れたその肉片だけ。


「あ、はは……うそだろ……」


 その衝撃的な光景を目にして、俺は思わず膝から崩れて落ちる。


 命綱たる聖剣さえも手放し、ただ呆然と目の前の現実を否定するように首を振る。


 そんな俺の眼前へと下卑た笑みを浮かべた黒い巨獣が迫っていた。

 そしてその大きな口が開かれ、鋭い牙が向けられる。

 

『ホクト君! 時間を巻き戻すんだよ!』


 だが俺へと死がもたらされる直前に、脳内でリンカの叫ぶ声が響いた。


「そうか! まだその手がっ!」

 

 その言葉を聞き正気を――そして希望を取り戻した俺は、すぐさまそれを念じた。


 ――そして時間は巻き戻る。


 だがその刹那の瞬間、彼方から声が響いた。


「その力、とても妬ましいわぁ。だからね、それ頂戴(・・)


 それは嫉妬の感情に塗りつぶされた、そんな女性の声だった。

 その言葉にはとても強い力が込められていた。


 事実それは勘違いではなく、俺の身に明らかな異変が生じていた。


「なっ!?」


 俺は魔王セッテと出会う以前へと時間を巻き戻すつもりだった。

 そうすればまだ色々と手の打ちようはある。


 だが時間の巻き戻しは途中で中断され、丁度魔王セッテと対峙した瞬間へと戻っていた。


「……なんでだよ? なんで能力が途中で解除された?」


「はっはぁ! 状況は良くわかんねぇが、お前の能力は俺らが貰ったぜぇ!」


『……あの魔王が使ったみたいだね。君が使っていた時間を巻き戻す力。どうやらそれを奪われてしまったみたいだね』


「は? 能力を奪われた?」


 なんだよそれ。チート過ぎねぇか?

 能力モノで一番ヤバい奴の筆頭じゃねぇか。


『まあ、そうポンポン使える訳じゃないみたいだから、一応バランスは取れてるんだろうね』


「けど、あの力が無いと俺は……」


 あの力は、この過酷な異世界において俺がもっとも頼りにしてきた(チート)だった。


 そのおかげで俺は自分の過ちを何度も正せたし、何よりアリアとの仲を修復する事さえ叶った。


 今回もこの力を駆使して、どうにか最善の道を選び取れたら、そうも思っていた。

 だが――


『幸いアリアちゃんたちはまだ無事だよ。ここから正解を選び取れれば、君にだってまだ勝ち目は十分残されているよ』


 そうなのかもしれない。

 リンカの言葉は正しいように思える。

 けれど――

 

「でも俺にはもう無理だ……」


 巻き込んでしまった人々――肉の盾となった彼らを救う方法など、まるで思い浮かばない。


『だったらさ。せめてアリアちゃんたち2人だけでも……』


「……無理だ。奴は1体だけじゃなかった。仲間が何体もこの近くに隠れている」


 恐らくアリアたちを殺したオルトロス共だけではないだろう。

 きっと他にも多くの手下たちを引き連れているはずだ。

 

 待ち伏せされていたのだから、それも当然の話なのだ。


 あんな獣がわざわざタイマンなんかに拘るとは思えない。

 その事実に今まで気付けなかった、俺がただ愚かなだけだ。


「もう終わりだ……」


 俺が魔王セッテを殺そうとすれば、奴の仲間が動きアリアたちが危険に晒される。

 ハーレムの加護の力も、オルトロスクラスの強力な魔物には、大して意味がない事も判明した。


 もうどうやってもアリアたちを救った上で、勝利することは叶わない。

 俺にはそう思えてならないのだ。


『そんな事無いよ! 君はそんな不可能を可能にできる男なんだよ!』


 気が付けばリンカは、いつもの人を苛つかせるような喋り方を止めていた。

 そしてどこか女神らしい凛とした声でもって、俺を勇気づけようとしている。


 そこに偽りなど一片たりとて感じられず、ただただ必死な声だった。


「ははっ……、お前ってそんな熱いキャラだったっけ?」


『何で君はそんな……』


 それでも立ち直る気配を見せない俺の態度が、余程お気に召さなかったのか。

 声が徐々に昏さを帯びていくのを感じる。


「悪かったな。やっぱり俺は勇者なんかに相応しい人間じゃなかったよ……」


 リンカはきっと本当に俺に期待を寄せてくれていたのだろう。

 だから、そんなに悲しそうな声を上げるのだ。

 

 それがまた申し訳なく、そして自身が情けなかった。


『ああ……君の魂はそれほどまでに深く穢されてしまっていたんだね……』


 そんな俺の諦めの言葉を聞き、リンカが悲嘆の声をあげる。


『そう……。だったらボクも覚悟を決めるよ』


 そして時間が静止する。

 次の瞬間には、周囲の一切がその動きを止めていた。


 そしてそれは、魔王セッテや俺自身さえも例外ではなかった。


 そんな完全に静止した世界の中に、一人の美しい女神が降り立つ。


「リンカ……なのか?」

 

 それを見た俺は、静止した世界の中で言葉を発する。

 口は動かないが、俺が心中に描いた想いが、言の葉となって紡がれたのだ。


 目の前に立つ女性は、俺の知るリンカとは随分と印象が異なる姿をしていた。


 特徴だったツインテールは解かれ、濃い桃色の長い髪を自由になびかせている。

 衣装も露出が抑えられて、神秘さ、神々しさを前面に押し出したモノに変わっている。

 

 それでも彼女は、たしかに俺の知る女神リンカだった。


「……そうだよ。ボクの最愛の人、ボクだけの勇者さま」


 そして時計の針の止まった世界で、たった一人で彼女は微笑む。

 その瞳に涙を浮かべながら。

 

「お、おい……どうしたんだ? なんか変だぞお前?」


 最愛の人? 何を言っているんだ?


「……君にはそう思えるかもね。でもこれが本当のボクだよ」


 女神らしい慈愛に溢れた笑みを浮かべるその姿に、演技だとか俺を謀るとかそんな意志は一切に伺えない。

 

「ねぇ、ボクと一緒に罪を背負おうか」


 罪? 何を言っているんだ?


「ふふっ、君もオタクを自称するなら、七つの大罪くらい、聞いたことがあるでしょう?」


「あ、ああ。傲慢、憤怒、強欲、嫉妬、色欲、暴食、怠惰の7つだったか?」


 けど、それがどうしたって言うんだ?


「じゃあさ。これらが何故、大罪なんて称されるか知っているかい?」


「そりゃまぁ、どれも人間的にやっちゃマズイからじゃないのか?」


 傲慢な人間、強欲な人間、色欲な人間……どれも関わりたくない人種だといえる。

 そんな人間が増えないように、そんな戒めなのだろう。


「そうだね。でもより正確に言えばね。民衆がそうあっては困るから、そう定められたのさ」


「民衆が?」


「あるいは奴隷なんて言い換えてもいいかもね。例えばさ、傲慢な奴隷なんて話にもならない存在だろう? 奴隷たちは彼らへの忠義に溢れ誠実でなくちゃ困る。でないと扱い辛いからね」


「まあ……そりゃそうだな」


 そんな奴隷、扱い困るのは事実だろうな。

 だが唐突に何の話だ?


「奴隷の憤怒なんて唾棄すべきことだよね。彼らは奴隷たちに強い忍耐力と寛容さこそを求めているのさ。でないと傲慢に振る舞えないからね」


 人の怒りの感情というものは恐ろしい。

 暴発したそれらは、時に上位者たちを打ち滅ぼす剣ともなり得る。


 きっと、そんな話なのだろう。

 けどそれが一体何だというんだ?


「強欲な奴隷なんて、彼らには不要なのさ。奴隷たちは無欲であればある程に都合がいいからね。運用コストも安くなるし、何より妙な考えを起こす心配がない」


 強欲な奴隷だと、寝首を掻かれる心配がある、そんな所か。

 ったく本当に何の話だよ。


 それでも何故だか、耳を傾け続けてしまう。


「嫉妬深い奴隷なんて、ただ邪魔なだけさ。奴隷同士が慈愛によって支え合って欲しい。そう彼らは願っている。ついでにその愛を彼らにも向けてくれれば、言う事はないだろうね」


 言葉の意味はなんとなく理解できるのだが、しかしその意図までは変わらずさっぱりだ。

 だがそんな俺の困惑にも構わず、ただただリンカは言葉を紡いでいく。


「色欲が強い奴隷はその制御が大変だよね。奴隷たちは彼らのコントロール下で適切に繁殖することこそ望ましいからね。まあ君が暮らした日本だと、奴隷たちの色欲が弱さこそが逆に問題になってたみたいだけどさ」


 奴隷の数のコントロールなんて、傲慢に他ならない話だ。

 とはいえ家畜の頭数調整なんてやっている人間が言えた義理ではないのかもしれないが。


「暴食な奴隷は、運用コストが余計に掛かっちゃうから、あまり好ましくはない存在だね。同じだけ働くなら、少ない食料で済む奴隷の方が優れていると言えるからね。とはいえ食料事情に恵まれた日本出身の君には、これはあまりピンとこない話かもね」


 まあ俺の住んでいた日本だとただ量を食うよりも、食事の質を高める方が大変だからな。

 栄養バランスを気にせず、ただ高カロリーを得るだけなら、そう難しくは無かったはずだ。


「怠惰な奴隷はもはやただ害悪な存在だよね。怠けは周囲へと伝染するし、他の奴隷たちの作業効率まで低下させちゃう。もしかすると一番優先して排除すべき存在かもしれないね」


 これは腐ったみかんの話だな。


 一つが腐れば、箱の中の他のみかんまで腐り始める。

 怠けもそれと同じようなもの、そんな意味だろう。


「それで……結局何が言いたいんだよ?」


 長々と語られたが、しかしその意図がやはり何も見えてはこない。


「ホクト君はね……地球に無理やり転生させられた存在なんだよ。そして18年間にも及ぶ日本での生活で、そんな奴隷根性を骨の髄まで染みつけられてしまったのさ」


「……は?」


「君はね。日本に転生するその前も、その前も、そのまた前も……こことは違う別の世界で、ずっと勇者をやっていたんだ」


 日本にいた頃の更に前世、前々世、前々々世でも俺が勇者?


 突然リンカの口から語られたその言葉。

 それを端緒として、思いもよらぬ事実が彼女の口から次々と語られていく。


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