27 魔王たちの邂逅
俺たち3人はついにテヴォルの街を目前としていた。
そのすぐ先にある国境を超えれば、目的地であるノルテ聖王国へと辿り着く。
「あと少しで一息つけますね」
「ああ。当面はそこで生活しながら、今後のことについてゆっくりと考えようか」
ただ3人で生活するだけなら多分どうにでもなる。
今更チート野郎と罵られても構わない、そんな覚悟を持っているからだ。
問題は他の魔王たちについてどうするか。そして――
「ねー? あれなにー?」
話の途中で、リズが前を指差しながらそう呟いた。
「あ、ああ……」
それを見た瞬間、アリアはリズを抱きしめて、そのまま腰砕けに地面へと座り込んでしまった。
「……やっぱ、そうすんなりは行かせてもらえない訳か」
『さてと、このピンチを君はどう乗り切るつもりかな?』
俺達の行く手を阻むようにして、漆黒の巨大な獣が立っていた。
いや、あれを獣と呼んでいいものなのか?
その大まかなシルエットは四足歩行の獣であったが、しかしそれらは刻一刻と変化していた。
どす黒い肉が蠢いては、その形状を変えている。
『いちおう鳥獣系の魔物を統べる王だからねぇ。それら全ての特徴を内包してるから、その範囲でなら自由に変化することが出来るのさ。今は陸上生物みたいな感じだけど、その必要があれ小鳥になって空を飛び回ることも出来ると思うよ』
リンカの言葉通り、その姿はいくつもの魔獣の複合体だった。
獅子、狼、蛇、鳥、狐、虎、山羊――他多種多様な魔獣たちが混ざり合い、それらの特徴的なパーツがその時々で色濃く出て来る。
魔王セッテとは、そんな異形の姿を有した存在だった。
『果たして君にあの漆黒の獣が――7大魔王の一角、魔王セッテが倒せるかなぁ?』
「……逃げるのは、ちょっと無理そうだな」
『君一人なら余裕だろうけどねぇ』
言われるまでもなく、俺にアリアやリズを見捨てる事なんて出来ない。
「となると後は追い返すか、倒すかしか手はないか……」
あんな異形の生物、殺すこと自体にはなんの躊躇もない。
しかし相手もまた魔王であり勇者なのだ。
一応ポテンシャル的には俺の方が上らしいが、その程度経験の差なんかであっさり覆るだろう。
「アリア……リズを抱いて俺の後ろから絶対に離れないでくれ」
「はっ、はい!」
彼女たちだけを逃がすことも考えたが、すぐに却下した。
俺から離れすぎれば、ハーレムの加護が失われてしまう。
そうなればアリアとリズはただの幼い親子だ。
2人が俺の弱みである事も既に知られており、下手をしなくとも人質に取られる危険も大きい。
ならば、傍に置いていた方がまだしも安全だろう。
『ホクト君……頑張ってね。2人を守って、魔王セッテもちゃんと倒すんだよ?』
リンカが、これまでに無い程に真剣な声色でそう告げる。
「分かってるさ。しかしちょっと意外だな。てっきり2人を見捨てろとか言うのかと思ってたぞ」
自覚は薄いが、これまでのリンカの話を聞く限り、多分俺が――勇者の存在こそが唯一の人類の希望のはずだ。
そんな俺が生き延びる事を、てっきりリンカなら最優先にするかと思っていたのだが。
『もうっ、ボクはそんな酷い事言わないよっ! 大体だよ! 君にはそれを可能な力がちゃんと備わっているんだからね』
「そわは分かるけどさ。でも力はあっても扱うのが俺じゃなぁ。まあいいさ。俺の命はともかくとして、アリアとリズの2人分も背負ってるんだ。なんとかしてみせるさ」
『ふふっ、それでこそだよホクト君だよ』
んん? 俺はそんなキャラだったか?
リンカのその言葉に何か違和感を覚えるが、しかしそれをじっくり考えている暇は無かった。
「はっはぁ! お前が魔王ホクトだなぁ。俺さまがぶっ殺してやらぁ!」
漆黒の巨獣の頭部が獅子のモノへと変わり、そこから傲岸不遜な声が紡がれる。
「悪い事は言わない。この場は退け。お前じゃ俺には勝てないぞ?」
そう言って俺は聖剣を顕現し、その切っ先を向ける。
まあ言葉自体はただの脅しだ。
「なんて眩くて神々しくて力に溢れた剣なのかしらぁ。羨ましいわぁ妬ましいわぁ」
巨獣の背中から蛇の頭部が飛び出て来て、そこから女の声が発せられる。
「いい剣……いや能力だねぇ。そいつをこっちに寄越しな!」
獅子の顔が狐の者へと変化し、強欲そうな女の声がそう呟く。
「魔王は全て殺す。おまえも殺す。殺す! 殺す! 殺す!」
「そうだぜぇ。面倒だからさっさと死んでくれよぉ」
狐だった頭部が今度は狼に変わり、そして鳥へと変わる。
怒りに塗れた男の声に、心底怠そうな男の声が続いた。
「あなた、いい感じねぇ。私といいことしない?」
そして山羊へと変わり、舐めかしい女の声で俺にそう問い掛けて来る。
「……いい事ってなんだよ?」
「私たちと一つになりましょう?」
「僕、そいつ食べたい」
そして最後に虎の頭がそう告げて、戦いの火蓋があっさりと切られた。
「くそっ、マトモに話なんて出来なかったじゃねぇか!」
一方的にあれこれ言われた挙句、有無を言わさずの戦闘開始だった。
言葉が通じても、あれでは意思疎通は難しいと思える。
『まあ人間とは別種の生物だからねぇ。価値観やらなんやらが異なるのは当然さ』
「なるほどな。おっと!」
小手調べとばかりに俺へと疾駆したセッテが、その鋭い猛獣の爪でもって殴りかかってきた。
だがその一撃を、俺は聖剣であっさりと受け止める。
「力じゃ俺が上ってのは、ホントみたいだな」
相手は高さだけでも俺の数倍に達する化け物だ。
重量換算ならばたぶん10倍では利かないだろう。
そんな超重量の一撃を、俺はいとも簡単に受け止めてれてしまう。
「ほらよっ」
どころか軽く腕を払うだけで、その巨体を大きく弾き飛ばしてしまった。
「くそがぁ! 舐めた真似しやがってぇ」
獅子の頭部が咆哮する。
「私たちより強いって話はやっぱり本当だったのねぇ。だったらアレを使いましょうよぉ」
「ちっ、しゃーねぇな。おらよ! これを見やがれ!」
獅子の頭部が苛立ちも露わにそう叫ぶ。
「ん? 何か能力を使う気か……?」
警戒しつつも、俺の後ろにはアリアたちがいる以上、下手に動けない。
だが何か攻撃が飛んできたとしても、全部俺がこの身を挺してでも受け止める。
そんな覚悟を決めた俺だったが、しかしそれは無駄に終わった。
「んん? なんだ?」
漆黒の獣の身体から、また新たな異物が浮き出てくる。
「またなんかの獣か? いや……? おい……まさか……」
浮かび上がる異物は一つだけでは無かった。
胴体、腕や脚なんかに次々とそれは浮かび上がっていく。
『……随分と趣味が悪いことするよねぇ』
そう告げるリンカの声からは、隠せない嫌悪感が滲み出ていた。
人類の庇護者を自認する彼女にとって、それはたしかに許しがたい光景だった事だろう。
「あれ……。まさか全部人間……なのか?」
異物の正体は人間の顔だった。
老若男女問わず、様々な顔ぶれがそこには並んでいた。
しかしその表情は一様に恐怖に、そして絶望に歪んでいた。
『そうだね。どうもテヴォルの街の住民みたいだね』
なるほど、先回りしてた訳か。
どうも俺が彼らを巻き込んでしまったようだ。
「くそっ、卑怯だぞ!」
そんな事を言っても意味は無いのは分かっていたが、それでも俺は叫ばずにはいられない。
『ああ。また性質が悪いことに、全員まだ息があるみたいだねぇ。これがいわゆる肉の盾って奴なのかな?』
リンカの言葉通り、黒い肉から浮かび上がった人間たちの顔はみな生きていた。
そんな彼らの瞳に俺の姿が映されると、口々に悲痛な声があがる。
「た、助けて……」
「死なせて! お願いだからもう死なせてよぉ!」
「い、痛いよぉ、苦しいよぉ……」
「お願いだ……俺を殺してくれ……」
その数、少なくとも20は下らない。
その全員が漆黒の獣に取り込まれて苦しみもがき、しかも死すら与えられない生き地獄を味わっていた。
それから逃れるべく、同族の俺へと必死に救いを求めている。
彼らがそんな境遇に陥った理由は一つ。
ただ俺を倒すためなのだろう。
同族を――人間を殺せない俺の性質を見抜き、こうして見事に利用してくれた訳だ。
また後悔と罪悪感が募っていく。
向こうが俺の行動を観察していた以上、これは予想された出来事だった。
なのに何故俺は気付けなかった?
自分の愚かさが、思慮の浅さが本当に嫌になる。
なんでこんな俺が勇者なんだ?
「なぁ、リンカ……あの人たちをどうにか助けられないか?」
彼らを救いたい。
そんな想いが俺の中で強い炎を灯す。
『無理……とは言わないけど、かなり厳しいだろうねぇ。聖剣の力で上手く彼らだけを避けて……いやそれだけじゃ多分ダメだろうね』
「なんでだ?」
『うーん。えっとね。あの魔王は7つの意志の集合体なんだよね。だからその全てを同時に、とまではいかないにせよ、速攻で潰さないと多分復活しちゃうと思うんだよね』
なるほど。7体をほぼ同時に仕留めないとダメな訳か。
ヤマタノオロチの例を紐解くまでも無く、古来からありがちな話ではある。
しかし実際に戦うとなれば、何とも厄介な相手だ。
『悪いけど、すぐには良い案が浮かばないね』
「そうか……。くそっ、どうすればいい? 何か手はあるはずだ。よく考えろ」
俺は諦めてはなるまいと、自身を鼓舞するようにそう呟く。
盗賊などとは違い、ただ街で平和に暮らしていた人たちだ。
そんな彼らを救えずに何が勇者と言うのだ。
思考を必死に巡らせて、打開策を探る。
俺の選択如何で20人以上もの人々の生死が左右される以上、絶対に諦める訳にはいかなかった。
今ある手札だけじゃ――聖剣の力だけじゃ足りない。
だったら――
「リンカ、お前がくれた異世界チーレムの素には、新しい能力を生み出す力もあるんだろう? この状況を打開する力をどうにか得られないか?」
『……無理だよ。今の君にそんなに都合良く新能力は生み出せないよ……』
しかしそんな俺の縋る声に対し、リンカは無情な現実を告げる。




