26A 女神アマルティア
ちょっと短いです。
『オルトロスが倒されたわ』
女神アマルティアが自らが力を与えた魔王へとそう告げる。
「ほぉ、でどうだったよ?」
魔王セッテを構成する七つの意思の一つ――傲慢を司りし獅子の頭が問いかける。
『能力の底はまるで見えないわね。かの女神リンカの寵愛を受けているだけのことはあるわ』
そう言って、覗き見た戦いのあらましをセッテたちに語る。
「まずいんじゃないのかしらぁ? 私たちは勝てるのぉ?」
アマルティアの話を聞いて、色気に溢れた女の声が、どこか不安そうに呟く。
『そうね。正面から戦えば、かなり厳しい相手でしょうね』
「妬ましいわねぇ。私たちよりも強いなんてぇ……」
「それは許せないな。殺す! 殺す! 殺す!」
アマルティアの率直な評価を受けて、嫉妬する女の声と、憤怒する男の声が連続して発せられる。
『安心しなさい。付け込める弱点なら、いくらでもありそうだわ』
「弱点だぁ?」
『そう。あの勇者は同族を殺せないみたいなの。だからそれを盾に使えばきっと簡単に勝てるわよ』
アマルティアが淡々とそう告げる。
ホクトの抱える致命的なその弱点は、当たり前のようにバレていた。
「はっ、なんつう甘ちゃんだよ。そいつはよぉ」
嘲笑する男の声が響く。
『人族にはそういう傾向を持つ個体が意外と多いみたいね。ただ一つ疑問なのは、そんなのをどうして魔王に選定したかよね……』
勇者――あるいは魔王の選定は、全て女神の裁量に委ねられる。
自身が庇護する種族に限れば、誰だろうと選ぶこと自体は可能だ。
例え住む世界が違おうと、相応しい魂を選び出し魔王に選定する。
とはいえやる気のない神ならば、適当に選ぶことも十分に有り得る話だ。
ただ女神リンカがそれに該当するのか、その点もまた疑問であった。
『女神リンカの狙いがまるで見えないわね……』
噂に聞くリンカの印象と選んだ魔王の存在がどうにも噛み合わない。
それが小さな骨となり、女神の心を悩ませる。
『何にせよ、このまま放置しておくのは、もっと危険ね』
だが正しく悩むには時間がかかる。
そして拙速が巧遅に勝るのは、神々の間でも同じことだ。
「ははっ、俺らは既に奴の近くにいるぜぇ! すぐにでもぶっ殺してやらぁ!」
『そう……。なるべく人間は――盾は多く集めなさい。そして油断なく準備して、一度で確実に仕留めなさい。もし逃げ延びられて覚醒なんてされたら、確実に面倒なことになるわよ』
ピンチの魔王を下手に追い詰めた挙句に取り逃がすと、十中八九逆撃を喰らうことになる。
彼らは勇者としての性質も持っているため、そのまま覚醒し、その力を大きく引き上げてしまうのだ。
なので魔王同士の戦いに、中途半端は決して許されない。
「僕、人間……食べてみたい」
『そう。なら勇者ホクトを倒した後なら、好きなだけ食べていいわよ』
そんな無邪気な声を女神がそう諭す。
「好きなだけ? なら僕がんばるー!」
『ええ、そうして頂戴』
女神は不安を抱えつつも、セッテの勝利を祈るのだった。
短かった分、次は早めに投稿予定です。




