24 刺客
それからも旅の道中、俺たちは何度となく盗賊に襲われることとなった。
傍から見れば若い男女に、小さな子供が一人だ。
大きなリターンこそ望めないが、リスクもまた小さい。
きっと美味しい獲物だと映るっているのだろう。
彼らの多くはこの過酷の世界で、それでもどうにか生き抜くために盗賊稼業なんてものに身をやつしている。
である以上、出来るだけ死の危険は避けようとするのは当然の成り行きだった。
『ねぇねぇ? この先もずっと不殺(笑)を貫くつもりなのぉ?』
俺は襲い掛かって来た盗賊たちを、結局誰一人として殺してはいなかった。
そのせいでアリアの機嫌は悪くなる一方だ。
かといって日本的な倫理観に基づいて、彼らをその境遇から救うべく動くわけでもない。
どうにも半端な事ばかりやっているのは自覚している。
「……何度か殺そうとは思ったんだよ。でもな……いざそうしようとすると、どうしても手が震えるんだ」
頭ではとっくに連中を殺すべきだと判断していた。
あとは実際に行動に移すだけなのだが、その一歩をずっと踏み出せずにいた。
きっと……他人を殺したその罪を背負ってしまう事を、俺は無意識に恐れているのだろう。
この手の震えはその証だ。そのはずだ。
『うーん、思ったよりも重症だねぇ』
そんな苦悩する俺の姿を見て、リンカもまた悩ましい声でそう呟く。
「悪いな……。本当に俺はダメな奴だよ……」
『あぁー。うん、まあそだねー。君は本当に手のかかる子だよねぇ』
そんな俺の呟きに対し曖昧で、そして若干疲れた声で応えるリンカ。
なんだかんだで言いつつも、ここまでずっと俺の手助けをしてくれた彼女のことだ。
もしかしすると知らず知らずのうちに、大きな心労を負わせていたのかもしれない。
『……ボクの事はいいからさ。それよりアリアちゃんの方をどうするか、ちゃんと考えた方がいいよ?』
一連の出来事のせいで、俺たちの関係は徐々に冷え込みつつある。
当然だろう。
口では盗賊たちを殺す事を約束しつつ、土壇場で反故にするのを何度も繰り返してしまったからだ。
きっと彼女には俺に守られている実感と、それについての感謝の念があるのだと思う。
だからそんな約束破りを強く咎める事は無い。
だがどれだけ心優しくとも彼女もまた俺と同じ年頃の少女であり、決して聖人などではない。
何度も約束を破る相手に対し、いつまでも同じ態度は取れないのだ。
「全部俺が悪いんだ。でもさ……人を殺すってどうやればいいんだ?」
ただ何も考えずに聖剣を振るえばいい事は分かっている。
だがいざ実行に移そうとすると、いつも頭が真っ白になるのだ。
「なぁ、教えてくれよリンカ?」
『そんな事いわれても……ボクだって何でも出来る訳じゃないからねぇ』
その言葉に普段のどこか勿体ぶっているような感じはまるでなく、本当に無理なのだという事が伝わって来る。
「そうか。そりゃそうだよな。神が本当に万能なら、人類なんて不完全な生き物を創るわけないしな」
『まあ……そうだね。さてボクはそろそろ行くよ。またねー』
リンカはそれだけ言って、逃げるように去っていく。
そして止まっていた時間が動き出す。
◆
また盗賊の襲撃があった。
もう何度目のことだろう。よほど俺たちはカモに見えるのか。
この世界の情報伝達速度の遅さか、あるいは盗賊たちの横の繋がりが思った以上に薄いのか。
ともかく西へと進むにつれ、遭遇する盗賊の数はただ増えていくばかりだった。
今回は10人ほどの集団だ。
全員がやせ細っており、その雰囲気はいつも以上に剣呑にも思える。
「アリア、リズ。俺の後ろに……」
「今度こそ……殺してくれますか?」
そんなアリアの懇願だが、あまり感情が乗っているとはいい難い。
その期待の薄さこそが、彼女を裏切り続けた証でもあった。
「……努力するよ」
殺すと断言したいが、これ以上嘘は吐けない。
聖剣を取り出して、まずは周囲を取り囲む盗賊たちを威嚇する。
これで去ってくれれば楽なのにと考えつつも、実際にそうなった事はまだ一度もない。
そして今回も同じだった。
「……げへへ。なんだぁその剣はよぉ。高く売れそうじゃねぇか」
今度の相手は、聖剣の脅威すらまったく理解出来ない連中のようだった。
まあそんな見る目の無さだから盗賊に落ちた、とも言えるのかもしれない。
そして何より、その事実が俺にとっては何の救いにもならないのが、また救えない。
「活きが良さそうなのが3人に、高そうな剣が1つか。大収穫じゃねぇか」
どうやら今回は2人だけでなく、俺も捕まえるつもりのようだ。
まあ成人男性だって奴隷として売れなくはない。
奴隷の腕輪なんてファンタジーなアイテムは存在しないらしく、その扱いには注意が必要だが、需要自体は確実に存在しているようだ。
『ふふっ、ホクト君ってば見た目はそう悪くないし、お偉いさんの男娼とかかもねぇ?』
可笑しそうにリンカがそう呟く。
おい、やめろ。
冗談でもそれはシャレになっていない。
俺にそっち側の趣味は一切ないからな!
何にせよ、こいつらを撃退する以外に手はない。
俺は聖剣を掲げながら、警告の声を発する。
「なぁ、言っとくが俺は強いぞ? 今なら怪我をする前に見逃してやる」
如何にも業物な武器と自身満々の態度、これらを見て去っていく賢い盗賊たちも一応0ではなかった。
とはいえ0ではないだけ、大抵は通じない。
案の定というべきか今回もそれは同じだった。
「面白いこと言うなぁ、坊主」
俺の言葉を受けて、下卑た笑みを浮かべた男が一歩前へと進み出て来た。
ナイフを舌なめずりし、舌からちょっと血が滲んでいる。
その赤を美味しそうに啜りながら、男がそう呟く。
その瞳はなんかいい感じに濁っており、頭がイカレている事が一発で分かってしまう。
そんな痩せこけた男だった。
「へへっ、ならどんなもんか試させて――」
言いながら男が俺に襲い掛からんとする。
だがその言葉は半ばで遮られ、男の首だけが攫われた。
「っっ!?」
もちろん俺はまだ何もしていない。
殺す覚悟など全くと言っていい程に決まっておらず、結局いつものように武器だけ壊して追い払うつもりだった。
だが俺が動く前に、その首が失われて血が吹き出していた。
そしてその原因は明白だった。
……おい、なんだよあれ?
眼前には、俺の背丈を優に倍するほどの巨大な犬がそびえていた。
いや普通じゃないのは、大きさだけじゃない。
2つの首を持ち、その片側には盗賊の男の首が咥えられていた。
一方で首を失った男の胴体は血を吹き出しまま、いまだ倒れていない。
どうやらリンカがまた時間を止めたようだ。
『あれはオルトロスだねぇ。割と強力な魔物だよ。魔王の刺客……かもねぇ?』
あれはどう見ても獣の類だな。
なら送り込んだのは、七大魔王の一角――大罪獣セッテという事だろうか。
『多分そうだろうねぇ』
セッテは鳥獣系の魔物たちの集団"カルネージビースト"を統べる魔王だ。
その見た目は常に変化を遂げているため判然としないようだが、奴は7体の魔獣を核とする魔物だ。
獅子の魔獣が"傲慢"を、狼の魔獣が"憤怒"を、といった具合に核となる魔物たちは地球で言うところの七大罪に準えたチート能力を有しているそうだ。
「しかし、7つのチートを操る魔王か。ホントに俺で勝てるのか?」
能力の詳細は不明だが、7つもある時点でかなり厄介な事は明白だ。
個々の能力が弱くとも、数が多いと相乗効果でトンデモナイ事に……なんてのも良く聞く話だしな。
『さぁ? 単純なスペックなら明らかに君の方が上。それ以上は、ボクにもちょっと答えようがないかなぁ』
なぁ、それって。俺にとっちゃ大分ヤバいフラグじゃねぇか?
実力差を工夫によってひっくり返す。
ありふれた――しかし素晴らしい王道展開の一つだ。
俺も大好きな展開だ。
だがそれをやられた側となる事を考えると、凄くみじめな気分になりそうだ。
『うーん。そんな事よりも先に、まず目の前の相手をどうするか考えた方がいいんじゃないかなぁ?』
「それもそうだな……」
オルトロスが襲ったのは盗賊の男だが、その矛先が俺やその後ろのアリアたちに向かないとは言い切れない。
てか十中八九、奴の狙いは俺だ。
盗賊たちは偶然それに巻き込まれた、そう考えるべきだろう。
「つっても、やる事は一つだろ? アリアとリズの2人を守りながら敵を倒す。それだけだ」
『そっかぁ。なら安心だねぇ。この後に及んであの連中まで助けるなんて言わないか、ちょっと心配だっただけだよー』
「いやいや。あんなゴミ屑みたいな連中、助ける意味がないだろう?」
何か誤解しているようだな。
俺は別に盗賊たちを殺したくないとは、思っていない。
単に手を汚しくないだけなのだ。
魔物が始末してくれるというのなら、むしろ助かるとさえ言える。
『……』
そんな俺の本音の発露に対し、リンカは無言だった。




