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22 予想された脅威と

 順調だった俺たちの旅も、ナスタラの次に立ち寄った街リスニアを過ぎた辺りから、暗雲が立ち込め始める。


「おい、坊主。女と有り金を全部置いてきな。そうしたら命だけは見逃してやるぜ」


 いかにも粗野な男たちの一団が、行く手に立ち塞がった。

 十中八九、盗賊だろう。

 仮に違ったとしても目的がアリアたちの身柄である以上、俺の対応に変わりはないが。


 数は18人か。

 割と開けた地形なので他に伏兵なんかは隠れていないようだが、逃がすまいと隙間なく囲んでいる。


『あーあ。ついに出会っちゃったねぇ。魔物が少ないのが仇になったかなぁ?』


 リスニアの街を過ぎてからは、魔物と遭遇する頻度が一気に減っていた。

 楽に進めて助かるな、などと思っていたその矢先の出来事であった。


「あ、あのホクトさん……」


 盗賊に対するトラウマ持ちのアリアは、必死にリズを抱いて庇いながらも、しかし動けずにいた。


 ……これじゃ逃げるのは、ちょっと難しそうだな。


「はぁ、お前たちこそ、痛い目を見ないうちにさっさとこの場を去るんだな」


 俺は聖剣を具現化して構え、努めて強気にそう告げる。


 今の俺はきっと嫌そうな顔をしている事だろう。

 その理由は彼らに対する怒りよりも、自己嫌悪の感情の方が強い。


 だが馬鹿な俺には、他に手段なんて思い浮かばないのだ。

 あとはこれにビビって、彼らが大人しく立ち去ってくれる事を祈るばかりだ。


「けっ、なんかすげえ業物みてえだな……」


 盗賊の一人がごくりと唾を呑む。

 聖剣の脅威を感じ取りはしたようだが、かといって引き下がる気配もない。


 圧倒的な数的有利が、彼らの過信を支えてしまっていた。


「はっ、おめぇみたいな餓鬼にゃぁ持ったない剣だ。そいつも一緒に頂くぜぇ!」


 むしろ聖剣の価値を中途半端に理解してしまったせいで、彼らの欲望の炎に油を注ぐ結果に終わってしまう。


『あららー。連中まったく引くつもりはないみたいだよぉ。ねぇ、どうするのぉ?』


 ……無理にでもお帰り願うしかないだろうな。


 すなわち聖剣の力で脅すのだ。

 脅すという行為だけでも気乗りしないのに、それが自らの努力で得た力ではないというのだから性質が悪い。


『うふふっ、ボク的には嫌いじゃないよぉ、その展開。人間らしい傲慢さがすごく滲み出る、とても素敵な行為だよねぇ』


 突然の強襲に数的不利な現状。

 相手を殺すよりも殺さずに無力化する方が、恐らく難しいだろう。

 だが聖剣の力があれば、それさえも簡単だ。


『ただねぇ。盗賊なんかに情けを掛けて、アリアちゃんがへそ曲げないといいけどねぇ』


 正直のところ、一番の心配ごとはそれだった。


 最近になってようやくアリアとまともに会話が成立するようになったのだ。

 少しずつではあったが、彼女が俺に気を許し始めた証拠だろう。


 だが、ここで彼女の意に反する行動を取ることで、どういった悪影響が生じるか。


 ……とはいえ、やはり俺に人間を殺す覚悟など出来そうもない。


「お前たち。最後の警告だ」


 俺はそう告げた直後、地面を蹴って飛んだ。


「ああん? は……?」


「え? あれ?」


「な、なんだ……?」


 人の認識を超える速度で動いた俺は、次々と彼らの獲物だけを破壊した。


 彼らの扱う安物の武器など、どれも聖剣で撫でるだけで容易く崩壊する。

 欠伸が出てしまうほどに楽な仕事だった。だからこそ反吐が出る。


「実力差は理解したか? ならさっさとどこかに去れ」


 努めて傲慢そうな物言いで俺はそう告げる。


 ここで下手に出れば連中を勘違いさせるだけ。

 気分は最悪だが、こうしないと事態がややこしくなる以上、それは仕方がないことであった。


「う、うわぁぁぁぁ!?」


「ひぃぃぃ、化け物ぉぉ!」


 俺の言葉に、(せき)を切ったようにして盗賊たちが一斉にこの場から逃げ出していく。

 彼らも命は惜しいのだろう。

 当然の反応ではあったが、だからこそ余計に苛立ってしまう。


「はぁぁー、ふぅぅー」


 俺は深呼吸をして心を落ち着かせる。

 やはり他人を無意味に見下すような行為は心労が大きいようだ。


 それでもアリアたちのため、今後もおれはそうするつもりだ。


 そんな事よりも本当の問題は、むしろこれからだ。


「アリア、盗賊たちはもう居なくなったよ」


 リズを抱きしめたまま、怯えてずっと下を向いて震えているアリア。


 そんな彼女を安心させるべく、努めて優しくそう声を掛ける。

 だが反応はない。


「もうここは安全だから、どうか顔を上げてくれないか?」


 俺の手がそっとアリアの肩へと触れる。


「触らないでくださいっ!」


 だがそれは彼女に振り払われた。


 ……やっぱり、こうなってしまったか。


「なんで……」


 声を震わせながら、何かを言おうとするアリア。

 黙ってその言葉の続きを待つ。


「なんで……、あんな連中を……逃がしたんですか?」


 盗賊といえども生きている以上、簡単に殺してはいけない――なんて事を言えるはずも無かった。


 俺だって、あんな連中どっかで野垂れ死ねばいいのだと、そう思っている。

 だが自分の手に掛けるとなると、話は別だった。


 どうしても前世――日本での生活で染みついた倫理観が、それを許してはくれない。


 当たり前だろう?

 人を殺しては絶対にダメだと、そう教わり続けて18年間も生きてきたのだ。

 もちろん自分やアリアたちの生き死にが関わる場面なら、俺だって考えるさ。


 けど、現状は俺たちの身には何一つ危険は迫っていない。 

 盗賊の持つ程度の武器では、俺はもちろん、実はアリアやリズにだってマトモに傷を付けることさえ叶わないのだ。


 リンカの話を信じるなら、今のアリアの実力でもあの程度の盗賊なら一人でも撃退可能らしい。

 それ程に俺のハーレムの加護は強力という訳だ。

 もっとも俺がいる限り、決して彼女にそんな真似をさせるつもりはないが。


「あんな連中、あなたなら殺すのなんて簡単でしょう! なのに、なんで殺さなかったですか!? どうして、わざわざ見逃すような真似をっ!」


 アリアの言葉に対し、俺は返す言葉を持たない。


 もちろん俺にだって言い分はあるのだが、きっと今の彼女には通じない。

 そもそも俺の持つ理由は全て前世――日本での倫理観に基づいたモノに過ぎず、この世界の住人たる彼女たちには関係ない事だ。


『そうやって、すぐに自分の中に溜め込むのは君の良くない癖だよぉ。彼女にも理解してもらえるよう、ちゃんと誠意を尽くしなよー』


 リンカの呆れた声が俺の脳裏に響く。


 ……だがそんな事を言っても、困惑させるだけじゃないのか?


『かもねぇ。でもここで何も言わなければ、彼女は君に見当違いの怒りを抱いたままだよ? そっちの方がずっと問題じゃないかなぁ?』


 ……そうかもしれないな。


 例え彼女を困らせようとも、俺の事を理解してもらう努力はすべき。

 多分そう言う事なのだろう。


 相互理解の大切さを学んだばかりだというのに、もうこれだ。

 俺はやはり救い難い馬鹿なのだろう。

 この世界での生活は、何度もその事実を俺に突き付けてくる。


『まあ、そう自分を卑下するものじゃないさぁ。君は頑張ってるとボクは思うよぉ』


 ……意外だな。お前から慰められるなんて。


『もー。ボクをなんだと思ってるのさぁ』


 はは、悪いな。

 相変わらず邪神だと思ってるよ。


 けど俺にとっては案外頼りになる邪神様だ。


『ツンデレだなぁ、もう』


 ……かもしれないな。


「アリア、どうか俺の話を聞いてくれ……」


 そうして俺は彼女へと語りかける。


 俺がかつて生きた世界について。

 そこで植え付けられた倫理観について。


 話したところで、きちんと理解してもらえるとは思っていなかったが、それでも俺は出来る限りの言葉を尽くす事にした。


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