21 魔王たち
悩みに悩んだ俺だったが、結局人間を殺す覚悟はできずにいた。
『一応人間の庇護者的な立場のボクとしてはさぁ。同族殺しはあまり推奨出来る話でもないからねぇ』
そんな俺に対してリンカが言ったのは酷く曖昧な言葉だ。
推奨はしない、そう言いつつも何か含みがあるようにも感じられる。
「今回はどうした方がいいのか、教えてくれないのか?」
これまでの経験上、リンカには選択の結果の先が見えているはずだ。
『うーん。誤解があるようだから訂正しておくけどさぁ。ボクの未来視は酷く不完全なんだよねぇ』
「その割に、毎回きっちり言い当ててた気がするんだが」
『それは簡単なことさぁ。単に他の神からの影響が無かったからだよー』
「神が絡むと未来がブレる、とかそんな感じか?」
まあ他の神とやらが未来視をもっているならば、能力同士が干渉することもあるだろう。
『そうそう。僕が未来を読めるのは残念だけど格下相手に限定されるのさぁ』
暗に自分が格下だと明言されたが、事実なので別に怒る気にもならない。
「てことはお前以外の神がこの世界に来てるのか?」
以前俺を……そのごにょごにょした時みたいに。
『うーん。多分、降臨はしてないんじゃないかなぁ? そうじゃなくて、配下の魔王に君の存在を教えたとか、ね』
「そういや俺の正体って、もう他の神とやらにバレてるのか?」
いまいち神やら魔王やらがどんな連中なのか分からないせいで、現状が良く分かっていないのだ。
『そだねぇ。全員にはまだだと思うけど、少なくとも2人はもう気付いてると思うよー』
「2人?」
『そっ、クレイオスとアマルティアの2人だね』
一応クレイオスが男神で、アマルティアが女神らしい。
そして前者が亜人たちの神で、後者が鳥や獣たちの神らしい。
人間が一括りに魔物と呼ぶ連中も、その実態は複数の神々の思惑が交錯し随分と複雑なようだ。
「でも、なんで気付かれたんだ?」
『そんなの君が、彼らの庇護下にある連中を殺したからに決まってるじゃない?』
「庇護下にある……?」
『察しが悪いねぇ。アンファングの街を守る時に君は沢山の亜人どもの群れを殺したでしょう? あれは皆、クレイオスの庇護下にあったのさ。そして旅の道中に君が何度も殺した狼っぽい魔物たちは、アマルティアの庇護下なんだよねぇ』
道中、俺たちを襲った危険は、盗賊よりもむしろ魔物であった。
この辺りは狼型の魔物の生息地らしく、アリアたちを守るため連中を何度も殺していた。
「……そういうことか。お前と同じようにそいつらも庇護下の連中の視線を借りて、この世界を覗いてるって訳か」
『そういうことだよぉ。向こうも今頃新たな魔王の誕生に気付いて、大慌てなんじゃないかなぁ?』
「……新たな魔王?」
『もちろん君のことさぁ、ホクト君。同種からは勇者だとか救世主だとか呼ばれる存在もね。他から見れば所詮単なる暴力の化身――魔王ってことなのさぁ』
はぁ、どうやら俺はいつの間にか魔王扱いになっていたらしい。
『まあ呼び名に大した意味なんかないのさぁ。ようは何を為すかだよー』
「まあ、そりゃそうだが……」
それっぽい事を言って煙に巻かれている感じしかしないな。
『とりあえず君の方針としては、現状は人殺しは避けて、国境の街テヴォルを目指すって事でいいのかなぁ? それで上手くいくといいねー』
「なんか他人事みたいな言い方だな」
『だってぇ、正真正銘の他人事なんだもん。この世界の人間が全滅したところでさぁ。ボク的にはちょーっと残念くらいなもんなんだよぉ?』
「随分と軽いな、おい」
『君に言われるとちょっと心外だなぁ。ボクの方が今の君よりかは、よっぽどこの世界の人間の為に頑張ってるつもりだけどなぁ?』
うっ、そう言われると反論が出来ない。
現状、俺がやった事は街を一つ救っただけだ。
だがリンカはこの世界の人類全てを救うための御膳立てをしようとしている。
まあ俺を利用して辺りはどうにも気に食わないが、尽力しているのは確かなのだろう。
「まあ幸い俺にはやり直せる力がある。どうにかなるだろうさ」
『そっ。まぁ一応忠告だけはしとくよー。君にあげた能力は確かに強力だけどさぁ。それでも決して万能なんかじゃないからねぇ?』
「別に万能だなんて思っちゃいないさ。俺は神を気取るつもりなんて無いぞ?」
『うーん。そういう意味じゃないんだけどなぁ。まあいいや。ともかく頑張ってねぇ』
それだけ言ってリンカの気配が霧散した。
◆
ナスタラの街を旅立った俺達一行は、順調に行程を消化していく。
「リズを連れてこんなに早く進めるとは思っていませんでした。悔しいですが、貴方の言うそのハーレムの加護? というのは恐らく本当なのでしょうね……」
その間、少しづつだがアリアとの会話も増えて来た。
そのほとんどが事務的なものだったが、今のようにそこから少し外れた会話も僅かづつだが増えていた。
「なんか俺の近くにさえいれば、体力だとか生命力だとか毒や病気に対する抵抗力とかが一気に跳ね上がるらしいからね」
「ではもし、あなたのそばを離れれば……?」
「残念ながら加護は消えちゃうみたいだね」
「そうですか……」
余程俺と一緒にいるのが嫌なのだろう。
心底残念そうに落ち込むアリアの姿に凹むが、この程度で今更めげてなどいられない。
「あー。一応、加護の効果範囲を広くする方法もありはするんだけど……」
「なんですか、それは!」
俺の言葉に目を輝かせて飛びつくアリア。
「その……言っても怒らないかな?」
「それは私を怒らせるような話なのですか……?」
「多分……いや確実にかな?」
俺の言葉を受けて少し悩んだ様子のアリア。
「……分かりました。怒りませんから教えてください」
「えっとね。その……俺とセックスすれば――」
言葉の途中で、アリアの正拳が俺の顔面へと見事に突き刺さる。
「なっ、なっ、そうやってあなたはっ! やっぱりあなたはただのケダモノです!!」
それだけ言い捨ててから、アリアが俺のそぼを去っていく。
とはいえあまり離れすぎるとマズイので、俺はその後を慌てて追う。
「来ないでください、このケダモノ!」
「怒らないって言ったのに……」
「うっ、でもいくら何でもさっきの言い草はあんまりですよ!」
「俺もそう思うけどさ。そればっかりは女神の方に苦情を……」
『なんでボクに苦情なんて話になるのさー、もうー。抱けば抱く程にその絆も深まるわけじゃない? そうして君たちのスペックも底上げされる。何一つ悪い話じゃないと思うんだけどなぁ?』
ん……俺達のスペック?
『そっ、珍しく察しがいいねぇ。君の持つ能力の一つに、君の大好きな成長チート的なものが存在するのさー。君が女の子を抱いた数だけ君の基本スペックが上昇する。彼女たちが君の子を産めば更にドンとボーナスだね。もちろんそれは女の子たちも同じで、君に抱かれると成長して、君の子供を産むとドーンと成長するんだよぉ』
なんというか、俺に意地でもハーレムを作らせようって布陣だなそれ。
いっそ執念すら感じてしまう。
『それだけさぁ。君がハーレムを作る事がこの世界の人類にとって重要なんだよー。前にもその辺は説明したでしょー?』
別に忘れてた訳じゃないんだが、ちょっと俺の想定以上だったってだけの話だ。
「あの……どうしたんですか?」
言葉の途中で無言になっていた俺を訝しむような、不気味なものを見るような眼で見てくるアリア。
てか、こういう時こそ時間止めてくれよ。
「ああ、いや悪いな。ちょっとその……女神と話をしていた」
なるべくアリアには嘘をつくまい。
そう思って俺が発したその言葉だったが……。
「ジィィ………」
アリアには完全に不審者扱いされてしまう。
「はぁ、ままならないもんだな……」
俺は途方に暮れて空を見上げる。
異世界の空は俺の心と同じくどんよりとしていた。




