20 強すぎる力の弊害
人間を殺す。
ただ言葉にするのと実行に移すのとでは、天と地ほどの開きがある。
「……てか良く考えたら俺、何で魔物をあんなポンポン殺せてたんだ……?」
自慢じゃないが俺はヘタレだ。
そこらの野良猫なんかは言うまでもなく、害虫さえも殺すのに躊躇してしまう程だ。
だが俺が聖剣で殺しまくった魔物どもは、みな人型であり明確に意思を持った存在だった。
そんな相手を顔色一つ変えずに殺戮するなんて真似、かつての俺にはまず出来なかったはずだ。
『あれ、言ってなかったっけぇ? 君は魔物どもを駆逐する役割を背負ってる関係でねぇ。連中を害虫以下の存在とみなしちゃってるのさぁ』
どうやら転生の際に、気付かない内に俺は色々と変質を果たしていたようだ。
……単に息子が立派になっただけじゃなかったんだな。
『あとは聖剣自体の効力もあるねぇ。聖なる剣って言うだけあってさ、魔の存在を滅する事に特化してるんだよねぇ。あの剣を手にするだけで魔物への慈悲なんて簡単に吹き飛んじゃうのさぁ』
「聖剣とかいう割に、所持者の精神に干渉してくるなんてロクでもない剣だな……」
神秘的な見た目に反して、結構な危険物だったようだ。
『うーん。もしかして魔物も生きてるから救わないと、なんて思っちゃってるの?』
「……救わないと、とまでは考えて無いけどさ。やっぱり意志がある生命を殺すのは、どうにも気が引けるんだよな」
『まあ君の考えは分からなくもないけどねぇ。魔物にだって色々なのがいるしねぇ。人間を襲う連中だって、生きるためや種をつなぐためにやってることも多いしねぇ』
「……なんだよ。なんか変な感じだなお前」
いつものリンカなら、俺の甘ちゃんな考えをボロクソに貶すものかと思ってたからな。
『ぶぅ、ボクをなんだと思ってるのさぁ。一応、言っておくけどぉ。ボクが君に厳しい事を言ってるのはさぁ。ぜーんぶ人類を救うためなんだよぉ?』
「別にそれを疑っちゃいないさ。ただな……」
リンカが人類を救うため行動しているというのは、多分本当なのだろう。
やり方そのものには色々と疑問を感じてはいるが、確かにその方向性は人類救済へと向かっているようにも感じられる。
一方で、それがどこまで本気なのか掴みかねる部分も多い。
以前に動機を尋ねたときも煙に巻かれてしまったし、そもそも本気でこの世界を救いたいなら、やはり俺ではなくもっと適切な人間を選ぶべきだったと思うのだ。
『なるほどねぇ。やっぱり今の君は……。けど、ここでボクが色々言っても、あまり意味は無さそうだねぇ』
「何の話だよ?」
しかし彼女は取り合わない。
『それよりもさぁ。魔物について本気で救いたいって考えるのなら、まずは人間をまとめることから始めるべきじゃないかなぁ? 同じ種族同士で争ってる限りはさぁ。他種族間の和解なんて、ハッキリいって説得力ゼロなんだよねぇ』
「まあそりゃそうだな。悪いな、つい理想論を口走ってしまっただけだ。俺の目的は変わらない。アリアたちを守る。それが最優先だ」
人間を纏めることさえ不安だらけなのに、他種族にまで救いの手を伸ばす余裕なんて今の俺にはない。
理想ばかりを語って安穏と生活できる日々は、もうどこにも存在しないのだ。
『そっ、ならいいけど』
意思に沿ったはずの俺の回答に対し、リンカはそっけなくそう返した。
『それで、結局どうするつもりかなぁ? 今後あるだろう同族の脅威に対して、君はどう対処するのかなぁ?』
話が色々と逸れてしまったが、直近の問題は俺が人間を殺せるかどうか、だ。
俺がこれまで読んだ数々のラノベの中には、それを題材とした作品はいくつも存在した。
現実色が強い作品ではやはり人を殺すべきではないと結論づけ、逆にファンタジー色が強い作品では、守るべき者たちを守るために殺す事をためらわない、そんな感じに落ち着く事が多いように思う。
だがいざ現実に降り掛かってみると、これがまた非常に難しいのだ。
現状の俺は後者の立場にほど近い。
実際アリアたちを救うためなら、殺しを厭うべきではないのかもしれない。
アリアたちが死んだと知った時に自身が受けたショックの大きさを思えば、多分そうすべきなのだろう。
『けれど、君は時間を巻き戻す能力があるからねぇ』
そう。問題はそこなのだ。
最悪の事態さえも取り返しがついてしまうこの能力は、逆に俺の判断を迷わせていた。
『ちょっと巻き戻すくらいならリスクは無いに等しいからねぇ。まあ変に制限をつけると文句が多くてねぇ。ボクも調整には苦労したんだよねぇ』
俺が初期に持っていたいくつかの能力については、リンカがデザインを行ったらしい。
異世界チーレム生活初心者な俺への基本セット的な内容らしいのだが、十分にチート揃いだった。
そしてその筆頭がやはり"時間を巻き戻す能力"だろう。
リンカの言葉通りほとんど制限がなく――神々の行動は取り消せない点と、転生以前には巻き戻せない事くらいか。
ハッキリ言ってしまえば、俺がめげない限りいくらでもより良い未来を何度だって選び直せるのだ。
『それだけ聞けば最強最悪のチート能力だけど、それも君のメンタルの弱さのせいで効果半減だよねぇ』
そうなのだ。
いくらやり直せると言っても、失敗は人の心を荒ませる。
アリアの件にしたってリンカの助言がなければ、彼女たちを救えたかどうか分からない。
『いくらリセマラが無料だからって、SSRが10枚出るまでとかやる人は、普通はまずいないからねぇ』
SSRの当選率が3%として10連1回でそれが全部SSRとなる確率は0.03^10で0.000000000000059%だ。
そんな天文学的な数字、引き当てる前に間違いなく心が折れるだろう。
そして能力でのやり直しの負担は、リセマラの比ではない。
例えは色々とアレ過ぎたが、リンカの意見は俺も正しいと感じている。
それに世界というものは思った以上に物事が複雑に絡み合って出来ているらしく、時間を巻き戻しても前回と同じ行動を繰り返す事さえ何気に難しかったりもする。
ちょっとした行動の違いがバタフライエフェクト――北京の蝶の羽ばたきがニューヨークに嵐を引き起こす、って奴だ――となって一見無関係な箇所での差異を生んだりもする。
巻き戻す時間が大きければ大きいほどに、差異もまた大きくなり、無視できない影響力を持つに至るのだ。
『いくら君のチート能力が凄くても、世界の全てを把握とかは流石に無理だからねぇ。思わぬ要素で出来事が無数に分岐しちゃう以上、一生を通した最適な行動を選びだすなんて人間には――いや神にだって不可能なのさぁ』
結局のところ、時間を巻き戻す能力が有効なのはごく限られた短い時間だけだ。
それにあまり巻き戻しを多用し過ぎると、軸を見失いドンドンと悪い未来へと進む危険性だって孕んでいる。
『とはいえ、人間を殺さずにアリアちゃんたちを守るくらいの立ち回りは、割と簡単なんだよねぇ』
そう。全く持ってその通りなのだ。
そしてだからこそ俺は大いに悩んでしまう。
何といっても、俺には時間を巻き戻す能力以外にもチート能力があるのだ。
事前に脅威の存在を知ってさえいれば、大抵のことは対処可能なのだ。
そもそも俺の近くにいる限りは、ハーレムの加護によってアリアたちがそう簡単に命の危険に陥ることはそうそうない。
『人間を殺さない道を選び続けることで、取り返しのつかない破滅の未来へと辿り着くのが、君は怖いんだよねぇ』
人間を殺さずに、アリアたちを守る。
俺としてはそれが理想的な行動なのだが、それを繰り返す事で果たしてどうなるか。
犯罪者は殺すべきという常識を持つアリアの心象は次第に悪化していくだろうし、他の人間たちから知らないところで恨みを買う懸念だってある。
マイナスを積み重ねることで、俺に対応できない大きな危機がアリアたちを襲うのが怖いのだ。
『別にもしそうなっても、取り返しのつくとこまで時間を戻せば大丈夫なんだけどねぇ』
そうなのだが、そうする事も俺は別の意味で怖かった。
そこまでに築いた全てを打ち捨てる事にもなるし"人間を殺さずにアリアたちを守る"を貫く限りは、やはりマイナスは積み重なる。
いくら自分には記憶が残るからといって、長い時間の中で築きあげたモノを簡単に捨てれる人間はそう居ないと思うのだ。
『そうやって訪れてもない危機に恐怖して予防線を張って、それに一体何の意味があるんだろうねぇ?』
「最善を尽くすために考えることの何が悪い?」
『最善、最善ねぇ……。まあいいさー。好きなだけ悩むといいよぉ』
リンカに言われた通り、俺は無い頭を絞って必死に考える。
アリアたちに最善の未来を提供するために。




