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19 人を殺す覚悟

 昨夜は魔王を倒した後の世界について悶々としていた。


 だが、そもそも俺は魔王を倒すとハッキリ決めた訳ではない。

 それ以前に連中はどこにいるのか? どうやれば倒せるか? それすら分からない状況なのだ。


 来年の事を言えば鬼が笑う、とはまさに今の俺のような者を指す言葉なのだろう。


『正面から1対1なら100%君が勝つよぉ。それはボクが保証してあげるー』


「……イキナリだな」


 朝早くに目覚めて冷静となった俺にリンカからそんな声が掛かる。


「……なら不意打ちをくらえば、結果は分からないって訳か」


『そりゃねぇ。とはいえ例え7体同時に不意打ちされても、君が力を使いこなせてたら、負けることはまず無いと思うけどねぇ』

 

「力を使いこなしてたら、か。なあそういやさ。俺には他にどういった力があるんだ?」

 

 俺が把握しているのは、聖剣とナデポとハーレムメンバーへの加護と時間巻き戻し、あと魔法をちょっと使えるくらいか。

 色々な意味で凄い能力揃いだが、これまでのリンカの口振りからすれば俺の知らない能力がまだまだ隠されていそうだ。


 ……てか自分のことなのに分からないって、それってどうなんだろう。


『うーんとねぇ。君に与えたのはいわば異世界チーレムの素だからさ。君が必要とした能力がゆっくりと形成されていく感じだね』


「なんだそりゃ? いくらなんでもチート過ぎるにも程がないか? 必要に合わせて能力が形成されるとか……」


 それだと後出しじゃんけんで、負けようがないだろ?


 少年漫画的に言えば、ピンチになっても覚醒による逆転が確定しているようなモノだ。

 緊張感も何もあったもんじゃない。


 ……いや、別に緊張感なんて求めてないからいいんだけどさ。


『だと良かったんだけどねぇ。新能力の形成には色々と条件があるからさ。君が思う程、そう単純な話でもないんだよねぇ』


 ただこんな能力が欲しいと願っても、すぐさまそれが手に入るって訳じゃないってことか。


『まあそんな感じかなぁ。ああ、そうだあれだよ。君が大好きな成長チートみたいなものさー。異世界チーレム生活を強く願う程に、その力は成長を遂げていく、みたいな?』


 努力による成長自体は望むところだが、努力の方向性は飽くまで異世界チーレム限定なのか……。

 今更、それを全否定するつもりはないが、かといって肯定的に捉える事はまだ俺には出来そうもない。


『別にそれでいいんじゃない? 他人に何を言われても、自分の芯は簡単に曲げない。ボクは君のそういうところ嫌いじゃないよぉ?』


「……そうかよ」


 褒められているのか、貶されているのか良く分からない言葉だ。

 ちょっと返答に困る。


『それよりも当面の問題について考えた方がいいんじゃないかなぁ?』


「当面の問題?」


『そっ。昨夜何があったのか、もう忘れたちゃったのぉ?』


 失礼な。覚えてるさ。

 盗賊がこの街で盗みを働こうとしたんだよな。


「でも自警団に捕まってたから、もう安心だろ?」


『ふぅん。ちなみに聞くけどさー。捕まった盗賊たちって今頃どうしてると思う?』


 言われてふと思い出す。

 仲間の情報などを吐かせるべくボコボコに殴られていた盗賊たちの姿を。


「大分殴られてたし、今は治療院あたりか?」


 このくらいの規模の街なら多分いくつかあるはずだ。


 現代日本的に言えば病院に近い施設だが、魔法があるこの世界ではもっと単純だ。

 治癒魔法使いたちによって怪我の治療を行う、ただそれだけの場所なのだ。

 そのためか病院とは違い、病気なんかに対応している場所は少ない様子だ。

 庶民は民間療法や時間の経過で病気を治すのが、この世界では一般的のようだ。

 

 もっとも病気については、加護とやらのお蔭で俺やアリアたちがかかる心配はまず無いそうだ。

 治癒魔法の方も俺が一応扱えるので、お世話になることは多分無さそうな施設であった。

 

 ただ治癒魔法の使い手はそこそこ貴重らしく、いざとなればそこで雇ってもらって日銭を稼ぐなんて手もある。

 まあ俺の治療院に対する認識はその程度だ。


『あー日本って地球基準でも医療費が随分と安いからねぇ。君がそんな勘違いしても仕方ないのかな?』


「……どういう意味だ?」


『治療院はさ。盗賊なんかが利用できる場所じゃないって事さ』


「まさか……?」


『そうだよー。昨日の盗賊たちはね。みーんな死んじゃったんだよぉ。だってそりゃそうでしょ? 犯罪者に無駄飯を食わせる余裕なんて無いからねぇ』


 リンカの話を聞かされて愕然としたが、同時に納得もする。


『今回は酷い! とか言い出さないんだねぇ』


「ああ。この世界の人類が色々とギリギリなのはもう理解してる。仕方がないことなんだろうさ」


『別に仕方がないことじゃないよぉ? 君はその状況を変える力を持ってるんだから、ね』


 魔王を倒し世界を救って、支配者として世界の在り様を変えろって事か。 


 言いたいことは分かるが、俺にホントにそんな事が出来るのか?


 リンカの言う通り、女の子の意思を捻じ曲げてハーレムに加えて、その力で世界を統治する。

 そんな大それたことを異世界人の俺がやっていいのだろうか……。


『まあ、今はその話はやめとこー。それよりも直近に迫る問題について君は考えるべきなのさー』


「何だよ? 盗賊たちはもう全員死んだんだろ? だったら今更どうしようもないじゃないか? それとも時間を戻して彼らを救えとでも?」


 正直なところ、犯罪者を救うためにあの力を使う気にはなれない。

 あの力はあの力で、全てを無かった事にするという、ある種の冒涜に溢れているからだ。


『違うよぉ。昨日の盗賊は全員死んだけどさぁ。まさか盗賊があれだけだと思ってるのぉ?』


「まあそりゃぁ他にもいるだろうが……」


 だから何だと言うのだろうか。


『もう。ホクト君ってば相変わらず察しが悪いなぁ。目的地のテヴォルの街はまだまだ先なんだよー? 盗賊に出会うのがこれっきりだと思ってるのぉ?』


「……確かに、また遭遇する可能性は十分あり得るのか」


『今回は幸い君は何もしなくて済んだけど、次もそう上手くいくかなぁ?』


「何がだよ……」


『例えばさ。旅の道中で盗賊に襲われたらどうするの?』


「どうするも何も……聖剣の力で追い払うだけだろうが?」


『そう上手くいくかなぁ? 聖剣の力は凄いからさ。まあ見ただけで引き下がる連中もいるかもね』


 冒険者ギルドでだって、聖剣を見せれば皆その力を理解した。


『でもさ、盗賊になるのって大概食うに困って切羽詰まったギリギリの連中なんだよね。そんな連中にまで聖剣の威光が通じるとはボクには保証できないなぁ』


「威光が通じなくとも、聖剣の力を使えば、盗賊如き簡単に追い払えるだろう?」


『そだねぇ。ボクもそっちの心配は別にしてないよぉ。けどさー、盗賊を見逃す君の姿を見たアリアちゃんは、果たしてどう思っちゃうかなぁ?』


 リンカにそう問われ――しかし俺にはその答えが分からなかった。


『あるいは、街中で突然暴漢にでも襲われたとしようかぁ。君の聖剣を見ても尚、暴れ続ける。そんな彼らに君はどう対処するべきかなぁ?』


「そんなの……」


『もう予想はついてると思うけど正解は"殺す"だよ。犯罪者を生かしとけば、それだけで余力のない人類にとって損失だからねぇ。この国の法律でも可能なら殺害が推奨されてるよー』


「生け捕りとかにして、仲間の情報を吐かせたりとかはしないのか?」


 昨夜の自警団はそうしていたはずだ。


『死を覚悟してるような連中を生け捕りするのは、ただ殺すよりも実は大変なんだよねぇ。素人にそんな事を推奨しちゃったら、余計なトラブルの種になる事は目に見えてるよねぇ?』


 捕まえたつもりが逃げられて逆撃を受けるなど、完全に殺してしまわないと確かに色々とリスクは残るだろう。

 犯人を縛る道具なんて、そうそう都合よく転がってはいないだろうし。


『ありきたりな話で悪いけど、人間を殺す覚悟は出来てるかなぁ? まずはその辺をチャチャッと乗り越えて貰わないと話が進まないからねぇ』 


 恐らく多くのチート野郎どもが最初にぶつかる壁――てかぶつからない奴はホントどういう教育受けて来たんだと思う。

 俺もまた今更ながらに、そこで(つまづ)くこととなるのだった。


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