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18 真夜中の騒動

 デヴォルの街へと向かう旅の途中、ナスタラの街の宿屋で一泊することとなった俺たち。


「おい! あっちに逃げたぞ」


「捕まろ! ぶっ殺してやる!」


 久しぶりのベッドでの睡眠を楽しんでいたのだが、外のざわめきによって途中で目覚めてしまう。


「ふあぁ、何の騒ぎだよこれ……」


『ああ、盗賊が街に侵入したみたいだねぇ』


 どうやら殺して奪うのではなく、夜闇に乗じて金目の物なんかをこっそりと盗もうとしたようだ。

 だが街の自警団によって察知され、現在は追い回されている真っ最中のようだ。


 ……すぐに危険は無さそうだが、一応用心はしとくべきだろうな。


 すぐさま隣のベッドで寝ているアリアを起こす。


「アリア、なんか盗賊が出たみたいだ。リズを起こしてくれ」


「盗賊っ……。分かりました」


 そのワードを聞いた瞬間、彼女の顔が酷くこわばったように見えた。


 ああ、しまったな。

 盗賊に両親を殺された彼女に対し、配慮が足りて無かった気がする。


『そだよー。でも自分で気付けた辺りはちゃんと成長してるねぇ』


 ……だといいんだがな。


 寝起きでリズが少しぐずったが、何とかそれを宥めて状況確認のために外へと出る。

 宿のある通りを少し進むと、その先の広場に既に多くの人だかりが出来ていた。


「ってアレ、何してるんだ!?」


「他に仲間がいないか聞き出しているのでは?」


 俺の問いにアリアが淡々とそう答えるが、知りたいのはそう言う事じゃない。


「それは分かるけど……なんで、あんなボコボコになるまで殴ってるんだよ?」

 

 情報を吐かせようとしているのは分かるが、そのやり口は明らかに拷問染みていた。


「何故って……? そうした方が確実だからでは?」


「そりゃ、そうかもしれないけど……」


 一応、盗賊にも仲間意識があるのか簡単には口を割らない。

 なら喋りたくなるまで追い詰めればいい。

 理屈の上では正しいかもしれないが……。


『平和な現代日本で生きてた君には、ちょっと刺激が強い光景かもね。でもあれって、この世界だと法律的にも何も問題ないんだよ?』


「……マジかよ」


 あと、しれっと時間を止めるなよ。

 せめて一言教えてくれ。


『そんなもんだよー。日本にだってちょっと前までは制度としての拷問が存在してたくらいだしねぇ。そもそもこの辺の都市では帝国の法なんて、もうほとんど機能してないからねぇ』


 ああ、実質的には独立都市みたいなもんらしいしな。

 法律などよりもその都市の実情――もちろん権力者の都合なんかも含む――が優先されてしまう。


 その状況を未開の蛮族と(さげす)むのは簡単だろう。

 だがより近代的な法律や人道をこの世界の人達に語ったところで、何も意味も無い事くらいは分かる。


 ああいった理屈は、人々に余裕がある世界でなければ通用しないのだ。


『うーん。そんなことは別に無いと思うけどなぁ。ようはやり方次第じゃない?』


「……やり方?」


『今の君はこの世界で何の権力を持っていないよね? けど世界を救えば話は別でしょ?』


 まあ世界を救った英雄ならば、相応の権力が手に入るだろう。


「でも、たかが英雄に何ができる?」


 所詮は1個人だ。


『ただの英雄じゃなくて、君が新しい国を作ればいいのさ』


「まさか。俺に王に――いや世界の支配者にでもなれと?」


『その通りだよぉ。あれれー? もしかして君ってば魔王を倒してハイサヨナラ、とかするつもりだったのぉ?』


 それはちょっと無責任じゃないかなぁ、とリンカがニタニタと笑う。


「……そうは言って無いだろうが。けどさ、俺みたいな餓鬼が頂点に立っても、それはそれで不幸じゃないか?」


 自分が上に立つ器ではない事くらい、俺だってちゃんと理解している。


『うーん。だからといって、また国が割れて、人間同士が争う戦乱の世界に逆戻りするよりは、全然マシだと思うけどねぇ』


 例え魔王の脅威を排除しても、今度はお互い同士が脅威へと成り代わるって話か。

 人間の業の深さは、例え異世界であっても変わらないらしい。


『ボクがハーレムを推奨するのもさ。実はその為なんだよねー。君一人でも別に魔王は倒せるよ。けど倒した世界の統治までは難しいでじゃない? だったらハーレムの皆にそれを手伝ってもらえばいいのさー』


 それが可能な優秀な女性たちをハーレムに引き込めと。


「ハーレム推しに、まさかそんな意味があったとはな……」


 てっきりリンカの趣味かなんかだと思ってたぞ。


『それにさー。君の左手の力で無理やりに惚れさせるのも、考えようによっちゃそう悪い話じゃないんだよねぇ。まず君は配下に裏切られる心配をしなくて良くなるよね?』


 手っ取り早く惚れさせるという意味よりも、実は裏切り防止の方が本命な訳か。


 ホント反吐が出る話だが、有効なのは事実なのだろう。

 強大な政権やら王政やらが滅びるのは、大抵は内患のせいだからな。


『それに女の子たちは大好きな君とずっと一緒に居れる。そう考えるとむしろ良い事ずくめだよねぇ』


 そうして俺と俺のハーレムメンバーたちが、世界の要職を占める事になるのか。

 そうなるとほとんど独裁だな。


『君ってば独裁政治に妙に悪いイメージを持ってるみたいだけど、それは偏見ってものだよぉ』


「そうなのか? 独裁者ってのはその権力で無茶苦茶やって国民を苦しめるものだろ?」


 少なくとも俺のかつての故国の近くに、そんな国があったのを覚えている。


『独裁者が無能だとそうなるかもねぇ。でも逆に有能で慈悲深ければ、下にいる者たちにとってそんな良い統治システムって中々無いからねぇ。困るのは精々上昇志向が無駄に強い連中くらいじゃない?』


 リンカの話では、独裁政治にも数多くのメリットが存在するそうだ。


 まず第一に統治機構が一本化されている為、意思決定やその実行までのタイムラグが極小で済む。


 民主政治だと、法律一つ決めるのにも何百人が何ヶ月も掛けて話し合ったりするからな。

 しかも派閥や利権争いなんかのせいで、散々時間をかけた挙句に頓挫することも多々あるのだ。

 急時への対応力にだって欠けるし、人件費も多くかかりコスパは決して良いとは言えない。

 

 また何かあった際の責任の所在についても、民主主義では不明確な事が多い。

 その点において独裁政治の場合は、唯一の権力者――独裁者本人にその責任が集約される。

 もちろん独裁者がミスを犯したところで、その権力基盤が揺らがない限りは罰など与えられない。


 だがここで重要なのは責任者に罰を与えることでは無く、ミスによって生じた被害者への救済についてだ。

 そして独裁政治ならば、責任を認めて決断さえすれば、即座に救済策は実行される。


 責任を取るということは、多分そう言う事なのだろう。

 ミスを犯した責任者へと与えられる罰などは、所詮は過ちを繰り返さないための戒めに過ぎず、それだけでは決して責任を取った事とはなり得ない。


「なるほどな。優れた人物を上に据えることが出来るなら、下手な民主政治よりもよっぽど優れてるわけか」


『そだねぇ。特にここみたいに危険と隣り合わせの世界だと、為政者たちには常に素早い意思決定が求められるからねぇ』


 現代に例えるならば、四六時中どこかで災害が起きまくってるような状況だ。

 街が一つが簡単に壊滅するような事態が頻繁に起こるこの地にあっては、一々会議を開いてその対策を話し合う暇なんかないって話だな。


 結局のところ民主主義が成り立つのは、それなりに余裕のある社会にのみ限定されるらしい。


『もちろん独裁主義にだって欠点はあるから、世情が安定してからなら民主主義に移行するのも有りだとは思うよぉ? ただ当分は例えお飾りでも君が頂点に立つことをお勧めしとくよぉ。それならさ。君さえ理性的であったなら支配者側の横暴なんて、まず起こらないしねぇ』


 独裁主義とは結局のところ、上に立つ人物の器量に依存した非常に不安定な統治体制である。


 そしてリンカは俺にそういった役割を求めているようだ。

 彼女の言う異世界チーレム生活というのは、実は非常に長いスパン――俺の一生全てをそれに捧げろ、そんな意味合いも含まれているのかもしれない。


『有能な女性を見つけては、どんどん君のハーレムに加える。そして優秀な彼女たちが君の代わりに統治を担う。あとは、それらが間違った方向性に進まないように導く事、それこそが君に与えられた役割なのさー』


 ハーレムに加わった女性たちは、俺の意思を至上へと据える。

 だから俺が間違えない限りは、きっと世界は正しい方向へと進んでいくはずだ。


 けど……それはそれで俺への責任が重大過ぎる話だな。


『ついでに彼女たちに子供も沢山生ませればさ。優秀な遺伝子が世界にばら撒かれて、人間はより強い種族へと生まれ変わる事も出来るのさぁ』


「確かにそうなのかもしれないが……」

 

 俺の肉体は、明らかにこの世界の人間のそれとは異なっていた。


 現状、聖剣がなければ攻撃手段には乏しいものの、防御面では既に人の域を大きく逸脱していた。

 実は繰り返しの中でアリアに何度か刃物で刺された事もあったのだが、俺の身体には傷一つつかなかったのだ。


『こういう事言うと怒っちゃう人が多いんだけどさー。大事の為に小事を切り捨てる覚悟を持つのは、とっても大事なんだよー』


「別に怒りはしないが……。それで具体的には何をしろって言うんだ?」


『君が最優先に考えるのはアリアちゃんとリズちゃんの幸せなんでしょ? だったら他の女の子たちは皆、その駒だと割り切ればいいんだよー』


「やっぱり駒扱いか。いやいい続けてくれ」


『そっ、じゃあ続けるよぉ?』


 挑発的なリンカのその物言いだが、俺としても理解は出来る。

 言いたいこともあったが、今は話の続きを黙って聞くべきだろう。


『他人の想いをねじ曲げるのは確かに良くない事かもしれないねぇ? けどそれで彼女たちの不幸が決定する訳じゃないでしょ? むしろ君次第なとこはあるけど、多分本来よりも幸せな日々を送れるよ』


 ……まあかもしれないな。


 至極真っ当に恋愛をして結婚したところで、その全員がその後もずっと幸せではいられないだろう。


 そうでなくともこの世界の人間は、みな命を失う危険と隣り合わせに生きている。

 だが俺のハーレムメンバーに登録されれば、その危険が格段に減るのだ。


 だったら例えそれが操作された想いであっても、ずっと俺を愛しながら安寧の日々を過ごすのは、案外悪い人生ではないのかもしれない。


『君が培ってきた常識とか道徳も大事だけどさ。それで他人の不幸を見過ごすのは、ちょっと違うとは思わないかなぁ?』


 正しい事をして他人を不幸を見過ごすよりは、間違った事をしてでも他人を幸せへと導けって話か。

 もう何が正しくて、何が間違ってるのか分からなくなる話だ。


『別にそう難しい話じゃないんだけどねぇ。誰かが幸福な姿を見るだけで、不幸を感じるような人間が存在する以上はさ。人間全てを幸福にするなんて土台無理な話なのさー』


 そんな事は無いと否定するのは簡単だ。だが俺は口にはしない。

 リンカの言葉に一定の正しさを感じていたからだ。


 俺がこれまで読んだ小説の主人公たちの中にもその命題に挑んだ者は多かったが、納得のいく形で決着をつけた作品は一つも無かった。


 比較的マシだと言えたのは、人類をより進歩した生命体へと引き上げることで解決を図った話か。

 けどそこには人間の種そのものを個人の――あるいは少数の意思で変えてしまう。

 そんなある意味では、より人間らしい傲慢さが隠されており、とても俺は好きにはなれなかったのだ。


『なるほどねぇ。君の勘違いの根源がやっと分かった気がするよぉ。さてとボクはそろそろ仕事に戻るねぇ』


 リンカの気配が去った後も俺は悩み続ける。

 一体どう動くのが正しいのか、答えの出ない問いをずっと自身へと問い掛け続けていた。


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