17 ナスタラの街
ずっと抱えていた想いをアリアへとぶつけた事で、ほんの少しだけ状況に変化が訪れた。
「俺の眼を盗んで逃げようとはしなくなった。それだけでも随分な進歩だよな」
どれだけ俺が目を光らせても、いつの間にか俺の元から離れ死にゆく運命にあったアリアとリズ。
だが俺が何もかもをぶちまけたあの一件以来、それが起きなくなった。
『まあ、ゴミを見るみたいな視線は変わらずだけどねぇ』
俺の言葉はアリアからたしかな譲歩を勝ち取ったが、ただそれだけとも言えた。
話した内容の大半について信じて貰えたわけでは無く、今なお俺へと向ける視線は厳しいままだ。
とはいえ語った内容に僅かでも真実を感じてくれたのか、俺の側からは離れないではくれる。
それだけでも十分状況は良くなったと言える。
俺のことは信じられないが、リズの安全を考えればそうせざる得ない。
多分彼女の考えとしては大方そんなところなのだろうが、だとしても俺は別にそれで構わない。
寄せられる胡乱な視線よりも、彼女たちを救える安堵と満足感のほうが遥かに勝るからだ。
◆
そうして俺たち3人は西へと旅を続ける。
当面の目的地は、隣国ノルテ聖王国との国境にあるテヴォルの街だ。
途中、いくつもの街を経由する予定だが、どこもアンファングの街と同様に実質的には自治都市のような状態らしい。
各都市はノルテ聖王国への参入と庇護を求めているようだが、いずれも拒否されているようだ。
領土拡大のチャンスを拒むとか、ノルテ聖王国の方も決して状況が良いとは言えない様子だが、自国の統治すらままならない帝国よりはいくらかマシなはずだ。
『折角だし人類がどんなにピンチなのかその目で確かめるといいよー。そうすればきっと君も世界を救うため、異世界チーレム生活を邁進するつもりになるんじゃないかなー』
なるか! と言いたいところだが、もう俺にそんな気力は失われつつあった。
というかもう内心では、俺が力を使って世界を救わなきゃいけないんだろうなと、そういう方向へと転換しつつあった。
ただそこで問題となるのは、元を正せば俺はただの高校生に過ぎないことだ。
どうやって世界を救えばいいのか、そう手段が正直良く分からないのだ。
『そだよねぇ。魔王を倒せって言われても、どこにいるのか、それすら君は知らないもんね』
リンカは俺の方が魔王よりも強いというが、ホントにそうなのかという疑問ももちろんある。
一応リンカから最低限の情報は聞けたが、言葉だけではイマイチピンとこない。
女神っぽい力でこんな時こそ映像を見せてくれればいいのにと思うのだが、それは出来ないらしい。
『出来ないっていうか、それをやるのはマナー違反って感じかなぁ? 勇者同士の覇権争いに神々が介入し過ぎるのは野暮ってもんだしねぇ』
「なんか俺たちを駒扱いしてないか?」
『別に否定はしないよぉ』
あっさりと肯定の旨の告げる。
とはいえ別に今更の話だ。
神々が人間を暇つぶしの道具にしているなんて話、フィクションでは極々ありふれていたからだ。
「まあ人間だって、神って概念を使って好き勝手にやってるんだ。別に怒る程のことでもないさ」
フィクション作品なんかでは便利な舞台道具として扱われるし、金を集める手段として利用される事だってある。
『その辺意外とドライなんだねぇ君』
「人間の認識上、見知らぬ他人なんてみんな駒みたいなものだろ?」
俺のかつて住んでいた世界では60億もの人々が暮らしていた。
だがその大半は、名前も声もそもそも個人として認識すらできていない連中だった。
言葉を飾らずにいってしまえば、彼ら彼女らは俺のまったく預かり知らないところで、勝手に減ったり増えたりしていた。
60億もの数を全て個人として尊重する脳みそなんて人間には無い以上、それは仕方がない話ではある。
だが例え望まぬともそうあり続けていた俺に、今更リンカを責める資格なんてないわけだ。
『ちなみにボクとしては、人類みなが幸福であればいいと思ってるよぉ。だからさぁ。例え君がどれだけ嫌がろうともね。それが全体としてプラスになる以上は、異世界チーレムを勧めざるを得ないのさー』
「……全体主義ってやつか?」
簡単に言えば、個人は全体のためにこそ生きろって思想だ。
この世界の人類は滅ぶ瀬戸際なのだから、そういった思想は推奨されて然るべきだろう。
個人の幸福など、まずは種の存続を確定させてから考えればいい。
人類を庇護しているらしいステラとしては極々真っ当な思想だとも思う。
『それともまた違うんだけど……。まあ、何にせよキミが理解を示してくれて嬉しいよ』
「理解はするけどさ。やっぱり俺はそうは生きられないかもな……」
人類の危機を知って尚、俺はアリアとリズの2人の幸せを優先している。
例え人類を救う決断をしたとして、それは飽くまでその延長戦上の話になりそうだ。
『別にいいよー。全体主義ってのはさ。他人に押し付けるべきもので、自分がやるものじゃないしね』
まあ大抵の場合、独裁者が民を統制するために使われる方便に過ぎないからな。
独裁者にとって全体主義者の民ほど扱い易い存在はいないだろうし。
「話は戻るけどさ。俺は本当に魔王とやらに勝てるのか?」
途中の街や村で聞き込みをしても、噂話は沢山集まるが、大抵ステラから与えられた情報と大きく矛盾しており、どれも信憑性に欠けたものばかりだ。
これまで嘘をついた事はないリンカだ。
その情報も、恐らく正しいのだとは思う。
そう信じ込ませておいて、ここぞという場面で騙すなんてことをやりかねないが。
『もう……やらないよぉ、そんな事。そりゃねぇ、思考誘導のために敢えて情報を伏せたりとかくらいはするけどさ。嘘で君を騙して悦に浸るような悪趣味な女神じゃないよー、ボクは?』
「そうかよ。もしそんな事したら、3流の小悪党だって嘲笑ってやったんだけどな」
『ねぇ……君なんか性格悪くなってきてない?』
……かもしれないな。
「まあ嘘じゃないとしてもだ。戦うにしても俺は聖剣頼りの素人だぞ? 案外あっさり負けたりするんじゃないか?」
戦いとは往々にして水ものであり、状況次第で強弱の差など時にあっさりとひっくり返るものだ。
魔王とやらだって同じく神に力を与えられた存在である以上、相応の力を持っている事はまず間違いない。
そして魔王とただの高校生、力の扱い方をどちらが習熟しているかといえば魔王の方となるだろう。
だから俺が負ける要素は十分に多い、そう思えてしまうのだ。
『まったく君は心配性だねぇ。よっぽど下手をうたなきゃ、まず負けないよー』
「けど……よっぽどの下手をうったら負けるんだろ?」
所詮俺はただの高校生。
そしてこの世界に来てから自分の無力さなど、嫌というほどに思い知らされている。
そんな俺が下手をうつ確率など、我がことながら結構高いんじゃないかと思わざるを得ない。
『うーん。そんな事まで心配してたらさー。何も出来ないんじゃない? 時には思い切ることも必要だと思うよぉ?』
「……かもしれないが、その結果俺が負ければ人類の滅亡が確定するんだろ?」
もしそうなれば、どうやって責任を取れというのか。
あんまり簡単に言わないで欲しいものだ。
『はぁ……。じゃあボクはそろそろお仕事に戻るとするよぉ。まあ気が済むまで悩むといいさー』
呆れたようにそう言ってから、リンカの気配が消える。
それからも俺は一人悩み続けた。
◆
国境の街テヴォルへの中継地点の一つ、ナスタラの街へと俺たちはやって来ていた。
アンファングの街を出てから初めて訪れた大きな街だ。
それ以前は野宿も多く、たまに街や村があっても小さかったため、あまりのんびりとは出来なかった。
「予定よりも少し早く着いたな。宿を取ったらどこかでゆっくりと食事でもしようか」
なので俺はアリアへとそんな提案をする。
このくらいの規模の街ならば、飲食店なども数多くあるだろう。
旅の間の食事だが、俺の持つチート能力の一つである無限収納のおかげで質自体はそう悪くは無かった。
だがノルテまでの道のりの多くは乾いた荒野であり、外で食べれば砂まみれとなってしまう。
結果、大抵狭いテントの中で食べることになり、あまり味わう余裕などなかったのだ。
「はい……」
アリアも恐らく同じ想いを抱いていたのだろう。
小さいながらもその声に反対の色は無かった。
「リズは何を食べたいかなぁ?」
「うーんとね! お肉ー!」
「そっかそっか。お肉かー。じゃあそうしようか」
この辺りの地域では、ラクダっぽい動物が多く飼われている。
なのでこの街で食べれる肉も恐らくそれとなるだろう。
その味だが、ハッキリ言ってあんまり美味しくはない。
妙に硬くてパサついてるのもあれば、コブの部分なんかは脂身ばっかりでちょっとキツかったりもする。
多分日本のスーパーなんかで売ってるグラム80円くらいの安い豚肉の方が遥かに美味しいだろう。
まあその辺は長い年月をかけて品種改良とかされてる訳だし、仕方がないのかもしれないけどさ。
『まあ他にも色々と理由はあるんだけどねぇ。それに君たち日本人ってお刺身とか寿司になじみ深いせいか、鮮度の高さばかりを重視しがちだけど、お肉って実は案外そうでもないんだよねぇ』
……ああ、いわゆる熟成肉とかって奴か?
『そだねぇ。そもそもスーパーで並んでるお肉だって熟成はされてるんだよぉ?』
へぇ、そうなのか。知らなかった。
『日本人は柔らかいお肉が好みだからねぇ。人間もそうだけどさ、屠殺したばかりの家畜って、死後硬直のせいで硬くなっちゃうんだよね。詳しい説明は省くけど、きちんと熟成しないと硬くて日本人の口には合わないのさー』
なるほどな。
元々の肉の質だけでなく、その処理や保管方法などにも大きな差があるという話のようだ。
現代日本での生活はやはり恵まれていた。そう思わざるを得ない一幕であった。
◆
夕食はリズのリクエスト通りにお肉をメインに食べることとなった。
やっぱり味はちょっとアレだったが、まあたらふく食えたので良しとしよう。
それに親子3人で囲む食卓というのは悪くない。
俺には決して笑顔を向けてくれないアリアだが、リズには大抵微笑んでいるので、それを眺めているだけでも癒されるのだ。
お店の人や宿の人たちもなんかも割と親切であり、荒んでいた心が和んでいくのを感じていた。
だがそんな俺の心を再び揺さぶる事件が起きてしまう。




