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15 覚悟の一歩

 形式上だけだがアリアと結婚を果たしたその日の夜を迎える。

 もうこれが何度目なのかは、正直良く覚えてはいない。


「アリア、ちょっといいかな?」


「……なんでしょうか?」


 リズが寝静まったのを確認して声を掛けると、アリアが心底嫌そうな顔でこちらへと振り向く。

 だが、もう何度となく向けられた表情であり、特に気にもならない。


 俺の感覚は確実に麻痺しつつあった。


「少し君に話したい事があるんだ。ちょっと歩かないか?」


 彼女を夜の散歩へと誘う。


「あの……出来ればもう寝たいのですが……」


 リンカによる過去改変が行われて以降、アリアと共に夜を過ごすことは無くなった。

 俺に対する好感度の違いが、多分そうさせているのだろう。


 俺としても無理やり抱くつもりなんてなかったしな。


「とても大事な話なんだ。君の過去――いやリズちゃんにも関係がある話だ」


 そう言われたアリアは、ギリッと歯を鳴らしてから項垂れる。


「……分かりました」


 ◆


 俺とアリアの2人は夜の街を歩いていた。


 街灯なんかは無いので、俺が魔法で明かりを灯しながらだ。

 これも一応チート能力によるものだ。

 もっとも、この程度ならこの世界にも出来る人はそこそこいるようで、アリアも特に反応は示さない。


「それでお話とは? リズが心配なのでなるべく早く戻りたいのですが……」


「何から話そうか色々と悩んだんだけど……。もう俺には良く分からないから全部話すことにするよ」


 そうして俺は語り始める。


 自身が女神リンカによって異世界から連れて来られた人間である事。

 沢山の異能の力を与えられた事――こちらについては俺も把握していないモノがまだ多いけど。

 そしてアリアと俺の過去がリンカによって改変された事実まで。


 この世界へ来てから体験したほとんどを話したと思う。

 だがそれを聞いたアリアは、やはり特に何も反応は示さない。


 ……失敗したのか?


 俺はただリンカの言葉に従って――(すが)って全部をぶちまけたに過ぎない。

 それに対しアリアがどのような反応を見せるか、俺には全く予想が出来ていなかった。


「この話を聞いて君はどう思った?」


 とは言え期待していた部分ももちろんあった。

 だから俺は必死さを押し隠してそう尋ねる。


「……そんな与太話をされて私が信じるとでも?」


 酷く冷めた表情でアリアがそう答えるが、しかしその表情にはどこか困惑の色が混じっているようにも見える。

 これまでと違ったその姿を見て、俺は少しの希望を抱いて言葉を重ねる。


「君も覚えているだろう? 初めて会った時の俺の姿を……」


 記憶が確かなら俺は、現代日本風の――英字ロゴの入ったTシャツの上に、チェック柄のシャツを羽織り、下にはジーンズを履いていたように思う。


 この世界の庶民男性は、ワンピースのような服に、ゆったりとしたズボンをはいた恰好が一般的だ。

 布地の種類や色なんかに違いはあれど、チェック柄やロゴの入った服などは一度も目にした事がない。

 ズボンについても見るからに薄手の生地で、また裾を紐で括り付けているなど明らかにジーンズとは異なる代物だ。


 そんな恰好の明らかな違いは、俺が異世界人であることの傍証程度にはなるはずだ。

 

「……ええ。確かに妙な服装でしたけど……。それだけで異世界人とやらだと信じろとでも?」


「他にも信じてもらう努力はするよ。例えばこんな風にさ……」


 続いて俺は聖剣を取りだす。

 その圧倒的な身体能力を見せつける事で、能力の証明を果たすのだ。


 俺はアリアの周囲で高速移動を行う。

 きっと彼女の目には、いくつもの残像だけが映っている事だろう。 


「そんな……。こんなの人間業じゃ……」


 彼女はそんな俺の動きを見て、驚愕に目を剥いていた。


 ……ははっ、何だよこれ。俺が一番嫌いなチーレム野郎、そのままの行動じゃないか。


 ただ与えられた力を見せつけて、他人から驚異の視線を得る。

 それが必要な行為だったとはいえ、そんな事をやっている自分への嫌悪感がドンドンと募る。


 だがそれを表に出したところで、ただの自己満足に終わるだけの事くらいはもう俺は理解していた。いや、させられていた。


「ふぅ。これで少しは信じてもらえたかな?」


 動きを止めて、俺はアリアへとそう問い掛ける。


「……あなたが凄い力を持っていることは理解しました。ですがただそれだけです」


「そっか……。嘘は何一つ吐いてないつもりなんだけどな。やっぱり俺の事なんか信じられない?」


 もう何度の繰り返しで理解はしていたが、それでも尚俺はそう問い掛けてしまう。


「そっ、そんなの当たり前じゃないですか! あなたが私にしたことを忘れたなんて言わせませんよ! そのせいで私がどれだけ……ううっ……」


「すまない。泣かせるつもりは無かったんだ……」 


 そう謝りながら、ふとある事実に気が付く。

 思えばこれだけ繰り返したにもかかわらず、彼女の泣き顔を見たのは実はこれが初めての事だった。


『君が一歩踏み込んだことで、彼女もちょっとだけ感情を表に出したみたいだねぇ』


 ……これまでどれだけ彼女を気遣っても、こんな事なかったんだけどな。


 繰り返しの中で俺は必死に彼女の心情へと寄り添おうと努力した。


 けれど彼女は心を閉ざしたまま、俺の言葉に耳を傾けずに死んでいった。

 俺に怒りを向けることさえなく、ただひっそりとだ。


『相手を気遣うのも結構だけどねぇ。そればかりじゃぁダメだって事さー。人間関係ってのはねぇ、一方通行じゃ成り立たないんだよ。君がアリアちゃんを本当に救いたいと願うならさぁ。アリアちゃんにも君の事を好きになってもらう努力をしなきゃだよねぇ』


 一応そうしてたつもりだったんだけどな……。


『ただ優しく接するだけじゃ、好いてはもらえないよー。それとも何かい? 君は何も知らない相手から優しくされたら、それだけで好きになっちゃうのかなぁ? ああ、童貞って案外そんな人種だよねぇ』


 ……悪かったな。


 見知らぬ女性にちょっと優しくされただけで、すぐに好意を持ってしまう。

 俺みたいに女性慣れしてない男なら、きっと経験があるはずだ。


 ああ……少し話が逸れたな。


『時には強引にでも相手の心に土足で踏み込む必要があるのさぁ。じゃないと、ずっと上辺だけの無意味なやり取りだけで終わっちゃうよぉ』


 俺の繰り返した時間は、まさにその通りだった。


 例え望んでやった事ではなくとも彼女を傷つけてしまった自覚が、俺に大きな負い目を持たせていた。

 これ以上、彼女に嫌われたくなくて、つい無難な対応に終始してしまっていたのだ。


 改変以前ならば、それでも良かったかもしれない。

 だが今は俺と彼女の関係はある意味最悪からのスタートだ。普通に動けば、その溝はただ増すばかりなのだ。

 その事を俺もきっと心の奥底では理解していたのだろう。

 けれど彼女にこれ以上嫌われるリスクを恐れて、そこから逃げてしまっていたのだ。


「どれだけ俺を憎んでくれても構わない。だだどうかお願いだから……君たちを守ることを許して欲しい……」


 これまで色々と鬱屈としたモノが溜っていたのだろう。

 ひとしきり涙を流して少し落ち着いたアリアへと、俺はそう懇願する。


 その言葉は、やっとで覚悟が決まった俺の最初の一歩となった。


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