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13 募る恨み

「おい! これはどういうことだリンカ!」


 最初はお手洗いか何かに行っているのだろうと特に気にしていなかった。


 だが待てど暮らせど2人が帰ってくる気配は無い。

 心配になって部屋を探せば、旅の荷物や現金が全て持ち去られている事に気付く。


『あのさぁ、ホクト君ってばもしかしてさー。聞けばなんでも教えてもらえるとか勘違いしちゃってるのぉ?』


 全く感情を感じさせないリンカの呟きに、俺は思わずぶるっと震えてしまう。


「あ、いや……」


『他人に教えを乞う時はさー。もっと相応しい態度があるんじゃないかなぁ? ボクの言ってること、何かおかしいかなぁ?』


 ……ぐぅ、確かにその通りだ。


『ああ、そっかー。そうだよねぇ。世界を救ってくれる勇者様相手には、もっとたーっぷり敬意を払わなきゃだったねぇ。ごめんねぇ。ボクの方が間違ってたみたいだねぇ』


 自身の過ちに気付いた俺へと、追い討ちをかけるようにリンカがそう言う。


 確かに今さっきの俺の態度は、最も嫌っていたはずの人種――与えられた力を背景にして、傲岸不遜に振る舞うチート持ち連中と同じであった。


「本当にすいませんでした……。俺が完全に間違っていました。なのでどうか、あの2人の行方を教えては頂けませんでしょうか、女神リンカ様」


 その場にいない相手に対して、深々と頭を下げながら俺はそう必死に懇願する。


『やだなぁ、ボクと君との仲じゃない。リンカ様なんて他人行儀はやめてよ、もー。いつも通りリンカって呼び捨てでいいよー』


 ……いやいや俺とお前が一体どんな仲だって言うのか?


『え? 一夜を情熱的に過ごした仲だよね?』


 ……くそっ、そうでしたねチクショー!


「ゴホン、ともかく今は緊急事態なんだ。2人が今どこにいるのかもし知っているなら、どうか教えて欲しい……」


『うーん。それは別に構わないけどさぁ。それを聞いて君はどうするつもりなのぉ?』


「当然、2人を迎えにいく」


 むしろそれ以外に何があるって言うんだ。


『迎えに、ねぇ? 君に行けるのかなぁ?』


「なんだよ、2人はそんな危険な場所にいるのか? この際チートに頼らないとか、そんな事を言うつもりもうないぞ?」


 俺だって流石に学習した。

 この過酷な世界ではあの力が無ければ生きてはいけないし、何より2人を守れない。 

 必要とあれば流儀を投げ捨てて聖剣を振るう覚悟が今の俺にはあった。

 

 だが続くリンカの答えは、そんな俺の覚悟を容易く斬り捨てるモノだった。


『そっ、じゃあ教えてあげるよぉ。あの2人ならならねぇ、今こっちにいるよ?』


「……? こっちってどこだよ?」


 リンカの声は聞こえるが、その姿はこっちからは一切見えない。

 なので彼女が今どこにいるのかなんて、俺にはさっぱり分からないのだ。


『ふふっ、相変わらず察しが悪いよねぇ。一応これでもボクは割と忙しくてさー。そうそうそっちの世界に遊びにいったりなんか出来ないんだよねぇ?』


「……は? え? この世界にいない……?」


 リンカの言葉の意味を理解した俺は、愕然と膝を落とす。


『やっとで分かったぁ? そっ、2人は今ボクのところで輪廻転生待ちをしていますー!』


「え……。嘘だろ……? なら2人は……?」


『ホクト君がグースカ寝てるうちにね。アリアちゃんはリズちゃんを連れて旅立ったのさー。それでそのすぐ後に盗賊に襲われて母娘仲良く、ね』


 なんで……? どうして2人だけで……?

 男なしの旅が危険なことくらい、アリアだって分かっていたはずだ。


『そんなのさ。単に君と一緒にいるのがさ、嫌で嫌で仕方なかったからに決まってるじゃない』


「いや……けど……」


 旅立ちの準備をしている時、アリアにそんな様子は見えなかった。

 決して好意的とまではいかなくても、俺への反発など無かったはずだ。


『やだなー。そんなの全部、演技に決まってるじゃない? 数日養ってあげたくらいで許してもらえたなんて思うのはさー。ちょーっと考えが甘過ぎるんじゃないかなぁ?』


「そう……なのか?」


『こうなるとボクは思ってたから、アリアちゃんの想いを教えてあげたのにねぇ。けど全然意味が無かったねぇ』


 呆れたようにそう呟くリンカ。


「……俺の何がいけなかったんだ?」


 ここ数日、ずっと彼女たちを気遣っていたつもりだった。

 リンカの改変のせいとはいえ、俺が彼女にした罪は重く、その償いの意味もあって尽くしてきたつもりだ。


 だが、それらは全部無意味だったようだ。


『そだねぇ。アリアちゃんの境遇を一から考えてみたらいいんじゃないかなぁ。彼女が一番恨んでるのはさ。もちろん家族を殺した盗賊だよねぇ?』


「……まあ、そりゃあそうだろうな」


 あの一件が、彼女を天国から地獄へと一気に突き落としたのだ。

 それはまず間違いない。


『けどねぇ、盗賊たちは複数だったし、そもそもその顔を誰一人知らないんだよ? 一体どこにその恨みの矛先を向ければいいのか、彼女には分からないんだよねぇ』


 盗賊たちはいまだ捕まっていないらしく、正体についても何も分かってはいないそうだ。


『で、次に彼女が恨んだのは誰かっていうとさ。実は君なんだよねぇ』


「え……? 実家を乗っ取った親戚連中じゃなくてか?」


『ああ、なるほどねー。そんな勘違いしてたんだぁ。ボクは教えたよねぇ、最初は彼らもアリアちゃんを本家の娘として大事に扱ったってさ』


 ……そういえば、そんな事も言ってた気がするな。


『彼女の扱いが一気に悪くなったのは、リズちゃんを身籠ってた事が判明してからなんだよねぇ』


「そうか……。そう言う事か……」


『そっ、原因はリズちゃんなんだけどさ。けどお腹を痛めて生んだ可愛い愛娘をさ、母親が恨むなんて出来ると思う?』


 ……まあそりゃ、そんな事は出来っこないよな。


『リズちゃんを恨めないなら、あとは生まれる原因を作った君を恨むしかない。アリアちゃんにとって君はただの性犯罪者って認識だからねぇ。さぞかし恨みの矛先を向けやすい相手だったのさぁ』


 親類を憎むよりは、他人を憎む方が心理的な抵抗が少ないというのも影響したのだろう。


『あとはまぁ、君の顔をハッキリと覚えていたっていうのも大きいんだろうね』

 

「ははっ……そうか……はははっ……」


 渇いた笑いが何度も漏れ出てくる。


 結局のところ俺は、リンカにヒントをもらいつつも、ずっと上っ面だけで現状を判断し、本質を何も理解していなかった訳だ。


『他にはそうだねぇ。リズちゃんが君に妙に懐いてるのも、原因の一つかもねぇ?』


「……そりゃまたなんでだ?」


『考えてもみなよぉ? 5年間音沙汰無かった父親がさぁ。突然現れて子供にあっさりと懐かれてるんだよぉ。その様子を見た母親が何を思うかを想像してみるといいよ』


「……なるほどな。そりゃ確かに良い気はしないだろうな」


 親戚に疎まれながら必死に育てて来た苦労はなんだったのか、そうアリアが考えても仕方がないだろう。


『そっ。まあリズちゃんとしてはさ。母親以外に初めて優しくしてくれた大人って事で、ただ君に懐いただけなんだろうけどねぇ。でもそんな事までアリアちゃんには分かんないのさ。その余裕もないし、そもそも彼女もまだ若いからねぇ』


 考えてみれば彼女は俺よりも年下なのだ。

 年上としての配慮が色々不足していた事実が、今更ながらに良く理解出来てしまう。


『さてと、状況について大分理解出来たみたいだし、改めて聞くよぉ。君は一体どうするつもりなのかなぁ?』


「……時間を巻き戻して、やり直す。今度こそ俺の想いをきちんと彼女に伝えて、どうにか納得してもらう」


 チート能力に頼るのはシャクだが、もうそんな事を言っている場合ではない。


『ふぅん。でもさぁ君にそんな事、本当に出来るのかなぁ?』


「……」


『そもそもの話をするとねぇ。ボクとしては別にアリアちゃんたちを見捨てるのは有りだと思ってるんだよぉ? ボクが過去を改変した結果恨まれてるだけで、君の意思で彼女を傷つけた訳じゃないんだからさぁ。出会ったばかりの母娘の事なんて、別に忘れちゃっても構わないと思うんだけどなぁ』


 確かにそうなのかもしれない。けどな……。


「それでも……俺は彼女たちを救うよ」


 こんなに恨まれていることを知っても尚、俺はアリアの事を全く嫌いにはなれなかった。

 むしろそんな彼女だからこそ、救ってあげたいとさえ思う。


『ふぅん。まぁ、なら精々頑張ってみなよぉ。一応、ボクも応援だけはしてあげるからさー』


「……ありがとよ」


 そして俺は時間を巻き戻した。


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