12 旅立ちの前
それから数日、俺はこのアンファングの街から旅立つ準備をしていた。
アンファングの街は、ヴァルカニア帝国の西側にある地方都市の1つだ。
しかし帝都ヴォルカニアまでの道のりは狂気山脈なる魔物の群生地帯によって分断されていた。
なので現在のこの街は実質的には自治都市に近い状態にあった。
だからこそ一部の権力者や乱暴者の横暴が簡単にまかり通ってしまう。
そしてこういった状況は、この大陸では実はそう珍しくない話であるそうだ。
『7体の魔王が大陸中で好き勝手やってるからねぇ。もう人間の国家なんて形だけみたいなものなのさー』
「……おい。魔王って7体もいるのかよ?」
『あれれ、言ってなかったっけぇ? そだよー。そいつらが自分と似た種族の魔物を引き連れて、群雄割拠してる訳なのさー』
「聞いてないぞ。てか、それ人類大丈夫なのかよ? 魔物の群れ一つで街があっさり壊滅するんだろ?」
『もちろん全然、大丈夫じゃないよー。どの魔王も人間からすれば化け物みたいな存在だからねぇ。だから君をこの世界に転生させたんだよ?』
今更なにを言ってるのさー、とそう言わんばかりの口調だ。
けど、そんな大事な話は転生させる前に説明するべきじゃないのか?
『じゃあさー。もし一からきちんと説明してたら、ホクト君は納得してくれたのぉ?』
「……断固として拒否しただろうな」
『じゃあボクの判断は正解だったわけだねー』
……ぐっ、何も言い返せないのがムカつく。
「なぁ、ずっと疑問だったんだが、なんで俺なんだ?」
別に俺なんてちょっとオタクなただの男子高校生だ。隠された力がある訳でもない。
仮に世界を救えるとしても、それは全てリンカが与えた力によってだろう。
だったらリンカの言う異世界チーレムとやらを喜んで受け入れる奴なんて、他にいくらでもいただろうに。
なのにわざわざ俺を選んだ意味が分からないのだ。
『最初にいったじゃない。トラック転生ボーナスだってさ。君にあげたチート能力は誰にでもポンポンと渡せるもんじゃないんだよー』
なんだよそのトラック転生ボーナスって。
でも考えてみりゃ、それもそうか。
あんなもんが配られまくったら異世界の法則が確実に乱れる。
それだけは確信できる。
『ホクト君の思った通りだよぉ。だからこの世界はこんなにひどい事になってるのさー』
「まさか……その魔王とかいう連中も同じなのか?」
『大筋ではね。ま元が転生や転移、現地生まれとかの違いはあるけどさ。神に力を与えられた存在って意味では君と一緒だよー』
「てことはもしかして、俺と同郷の奴なんかもこの世界にはいるのか?」
『あー、割とありがちな話だけどそれは無いから安心してよー。だって魔王は魔物の王なんだよ?』
当然、その出自は魔物に限られるって訳か。
「いやでも、人外転生とか良く聞くじゃないか?」
ゴブリンやらスライムやらに転生して、苦労しながら徐々に強くなっていくような話は俺も割と好きだったぞ。
『あれれ? チート能力とか嫌いじゃなかったの?』
「あー、いやな。別にチート能力全般が嫌いなんじゃなくて、いきなり何の努力もなく主人公最強! とかそういうのが嫌なだけだ」
例えば成長チートとかで努力しながら成り上がるとかなら、むしろ好物なのだ。
『ふぅん。君ってやっぱりメンドクサイ思考してるよね』
……かもな。
それもあって一矢とは何度も意見をぶつけ合ってたしな。
今頃あいつは……彼女とイチャイチャライフ送ってるんだろうな。くそっ。
『いやいやー彼女が出来たくらいで嫉妬とか、それこそ怒られちゃうよ? 君なんてもう子持ちの妻帯者なんだしさ。ぷぷっ』
……そうだった。
今の俺にはアリアとリズの2人がいる。
まあリズの方は割と懐いてくれてるからいいのだが、アリアの方がな……。
「ゴホン。ともかく万が一魔王とやらと戦う事態になっても、実は元日本人でしたーとか心配する必要はないんだな?」
『そだよー。今のところ君以外に日本から――いや君が住んでいた地球からの転生者は居ないよ。それは保証してあげる』
「今のところ、ってのが少し気に掛かるが……」
『そりゃー、先の事まではいくらボクでも保証はできないよぉ。でもそんなに不安ならさ。もし何かあってこの世界に連れて来る事になったら、ちゃんと連絡するって約束するよ。それなら安心でしょー?』
「……なら、まあいいか」
例え見た目が魔物でも元同郷の人間とはやはり戦いたくはない。
だがリンカが約束を守ってくれるなら問題は無いだろう。一応、嘘だけは吐いた事ないしな、こいつ。
「さてと、俺はそろそろ寝るよ」
『そだねー。明日は早いからね』
そう。いよいよ明日の朝、俺達3人はこの街を出立する。
当面はひたすら西へと向かいながら、お隣の国であるノルテ聖王国を目指す予定だ。
一応、そちらの方が国家としての体をなしており帝国よりはまだしも安全なのだそうだ。
長い旅になるためリズの事が心配ではあったが、俺がずっと抱いても歩いてもいいし、何より近くにいてくれればチート能力の加護とやらで大抵は安全なのだそうだ。
そうして俺はリンカとの会話を打ち切って眠ることにする。
隣のベッドではアリアとリズの2人がスヤスヤと寝息を立てている。
そんな彼女たちの寝顔を眺めて少しの幸せに浸りながら、俺もまた夢の世界へと旅立ったのだった。
そして翌朝、アリアとリズの2人の姿が消えていた。




