11 アリアの意向
リンカによって行われた過去改変の結果。
アリアの俺に対する印象は想像以上に悪化していた。
その事実をリンカを通じて知ってしまった俺は一人絶望に打ちひしがれていた。
『今のホクト君ってばさ。アリアちゃんからこんな感じで見られてるんだよね』
「おいおい嘘だろ……」
『うーん、ちょっと可哀想なとこもあるけど、ぶっちゃけ割と自業自得だよねー』
リンカが何やら言っているようだが、混乱した俺の頭を素通りしていくだけだ。
実のところ俺はアリアに少しずつだが惹かれつつあった。
辛い境遇ながらも必死にリズをここまで育てぬいた彼女の事を魅力的に感じていたのだ。
『とかなんとか言っちゃって。どうせアリアちゃんが初めての相手だからそう思いたがってるだけでしょー。これだからメンタル童貞は困っちゃうよねー』
リンカが何かを言っているようだが今は無視だ。
じゃないと気持ちの整理が追いつかない。
『はぁ、ほんとメンドクサイ男だよねぇホクト君ってぇ。ああそうだ、そろそろアリアちゃんが起きて来るみたいだよぉ。じゃ、またねー』
「……はっ? えっ? ちょ、待てよ……!」
以降リンカの返答はなく、そうしている内に本当にアリアが起きてしまう。
「お、おはよう……」
どんな顔を彼女へと向ければいいか分からず、それだけ告げる。
「……おはよう、ございます」
俺の放った目覚めの挨拶に反応したアリアは、こちらを向くと目をすごく嫌そうにしかめる。
そして下を向きながら、それだけを返してきた。
……やばい、マジで嫌われてるっぽい。
そりゃそうだろうな。人生のどん底にいた彼女に追い討ちをかけた事になってるんだもんな。
その上、子供まで作っておいて今の今まで雲隠れしていた扱いなのだ。
さっきの彼女の瞳を見てしまえば、いつ刺されても不思議ではない事が嫌でも認識できてしまう。
惹かれつつある女の子からそんな蔑みを受けて尚、平静でいられるようなドMでは無いのだ。
結局しばらくの間、俺たちの間には無言が横たわり、そうしているうちにリズが目を覚ます。
「ふぁぁ、おはよう。お母さん、お父さん……」
寝ぼけ眼をこすりながら、リズがそう朝の挨拶をする。
「リズ! ダメよ! その人はお父さんなんかじゃないの!」
まだ実感は薄いが、リズはもう俺の実の娘となったはずだ。
だがアリアは決してその事実を認めようとはしない。
「なんでぇ……お父さんだよぉ……」
くりっとした茶色の瞳を潤ませながら、アリアの言葉を否定しようとするリズ。
「ともかくダメなの!」
一方アリアの方も意地になっているのか引く気配がない。
……よっぽど俺を父親だと認めるのが嫌なんだろうな。
「え、えっと……。と、とりあえず落ちついて……」
「あなたがっ! ……はい」
カッとなって俺へと激情を叩き付ける寸前で、アリアは冷静さを取り戻す。
「その……君の気持ちも分かるけどさ、今はやめとこ? それより朝ごはんを食べに行こうよ。リズちゃんもお腹空いたでしょ?」
「うん! お父さん!」
ごはんと聞いたリズが、目を輝かせながら元気よくそう返事をする。
「……分かりました」
アリアも俺の言葉を受け入れて、促されるまま宿の食堂へと向かう。
その道中、彼女の拳が怒りに震えていた事に俺は気付けなかった。
◆
食事を終えた俺達は、今後についての話し合いをしていた。
「そっか。君はこの街を出たいんだね」
当初、俺はこのアンファングの街で何か仕事を探すつもりであった。
アリアやリズにとっても故郷の街の方が良いかと思ったからだ。
だがどうも彼女の意向は異なるようだ。
「……はい」
そう頷き、また下を向くアリア。
『まあそうなっちゃうよねー。だってこの街で暮らしてもアリアちゃんたちに明るい未来は多分ないだろうからねぇ』
「なんでだよ?」
またしても時間が止まり、リンカの解説が始まった。
いつ戻ってきたんだよとかツッコみたくはなったが、俺としても気になる話なので、変に腰を折る事もなく続きを促すことにする。
『簡単な話だよー。彼女らの実家を乗っ取った親戚連中が黙ってないからなのさー。結構大きい商会だからねー。特にこの街では強い影響力を持ってるから敵に回すと色々面倒なんだよー』
「……だったらなんで2人を殺さなかったんだ?」
こういっちゃ何だが、そうすれば後腐れはなかったはずだ。
『連中としてはねぇ、2人にひっそりと死んでいて欲しかったのさー。邪魔な存在だけど、でも直接は手を汚したくはない。だからちょっとのお金を与えて放り出したのさー。それでやっていけない事なんか重々承知の上でねぇ』
どうやらアリアの親戚たちは、小悪党という言葉が相応しい人種のようだ。
「ホント反吐が出る話だな……」
『そだねぇ。でも君がやる気を出せば、解決できなくはないよ?』
「へっ、チートを使って親戚連中を殺せってか? 嫌だね」
例えその行為に理があろうと、力で人を殺す事は間違いなく悪い事だ。それだけは断言できる。
『ホクト君ならそう言うと思ったよぉ。まっ、今回はボクも反対しないよー。正直そんなことしてもあんまり意味ないしねぇ。ただ、アリアちゃんには早く左手の力を使って上げた方がいいと思うんだけどなー』
「……左手の力か。チートの力でアリアの好意を無理矢理奪えって事か」
俺の左手には、そうと願いながら異性を一撫でするだけで惚れられる事が出来る力が宿っているそうだ。
実際に使った事はまだないので具体的な効果のほどは不明だが、恐らくロクでもない事になるのではないかと思っている。
『うーん。けどさぁ、このまま恨まれたままでいいのぉ? 両親の仲が悪いと、リズちゃんの教育にも良くないよ?』
……ちっ、子供をダシに使うなよ。
「分かってるさ。早めになんとかする。せめて表面上だけでも良好に見えるようにするさ」
『そっ、なら好きにすればいいんじゃない?』
そうしてリンカの忠告を無視した俺は、また後悔を繰り返す事になる。




