1 トラック転生ボーナス
短縮授業が終わった放課後。俺は友人の一矢と駄弁りながら帰宅していた。
俺――星見北斗はちょっと正義感の強いだけのごく普通の男子高校生だ。
いわゆるライトノベルの愛読者という奴なのだが、昨今流行りの異世界チーレムというものが実は大嫌いであった。
「異世界チーレム滅ぶべし!」
「なんでお前はそんなに異世界チーレムを敵視してんだよ? 主人公がバッタバッタと敵をなぎ倒していくのとか、スカッとするじゃんよ?」
俺のそんな魂の叫びは同じラノベ好きの友人――折原一矢には伝わらなかったようだ。
「はぁ……。なぁ、神様に貰ったチート能力でTUEEEしてそれのどこが楽しいんだよ? 俺TUEEEってのはさ。やっぱ努力によって得た力でやってこそだろ?」
俺と一矢は俺TUEEE系の作品が好きであるという点は一致していたが、そのスタンスには大きな違いが存在していた。
「ふぅん。努力なんて今どき流行んないと思うけどねぇ。で、何でハーレムもダメなんだよ? 沢山の女の子たちにちやほやされるのなんて、まさに男のロマンじゃねぇか?」
ホント理解できねぇぜ、そう言わんばかりの視線を向けてくる一矢。
「馬鹿野郎!! 男ってのはなぁ……これと決めた女を一筋に一生愛しぬくもんなんだよ!」
あれこれ目移りしてしまうのは、きっとそれは運命の女性にまだ出会えていないからなのだろう。
そしてそれ以外の有象無象な女共をいくら侍らせようとも真の幸福など決して得られないのだ。
なのになぜ世の男どもは安直にハーレムなどを求めてしまうのか。
まったくもって嘆かわしい話である。
「まぁ、一生そうできればそれが一番だろうけどさぁ。人生は長いんだし、多かれ少なかれ他の女に目移りする事もあるんじゃね?」
「いいや、有り得ないね!」
まだ見ぬ運命の女性と出会えたならば、生涯その女性だけを一途に愛し続ける確信があった。
「はぁ、今日も平行線か」
「みたいだな。一矢も意外と頑固な奴だな」
「いやいやお前にだけは言われたくねーよ。……っておい、まえっ!?」
一矢が驚愕の表情を浮かべて目の前を指差している。
その先には猛烈な速度でこちらへと向かってくる一台のトラックの姿が存在していた。
「くそっ!」
俺は咄嗟に一矢を突き飛ばす。
動揺のあまり身体の力が抜けていたのか、思った以上に彼の身体は遠くの方へと飛んでいき、無事トラックの進路から逃れる事が出来たようだ。
だが俺に出来たのはそこまでだった。
ドォォーン!! という衝撃音と共に俺の身体が空高く吹き飛び、そうして俺の意識は失われた。
◆
「ここは……」
気が付けば何もない真っ暗中な空間に立っていた。もしかして夢なのだろうか?
「おー、久しぶりのお客さんだぁ」
声の方へと視線を向ければ、露出多めの派手な服装に身を包んだツインテールの美少女が立っていた。
てか髪の色がショッキングピンクってなんだよ? そのくせなんか妙に違和感ないな……。
「あの、ここはどこなんですかね? てかあなたは一体?」
「えーとねぇ、ここは死後の世界なんだよ?」
「……へっ!?」
死後の世界……そう言われてふと思い出す。
確か一矢の奴を庇ってトラックに轢かれてそれで――
「そうそう君――星見北斗君はぁ、トラックに轢かれてぇ、死んじゃったんだよぉ」
少女の喋り口調には独特のリズムが存在しており、何だか調子が狂ってしまう。
そのせいなのか、自分の死を告げられたというのに、なぜかあっさりと受け入れる事が出来てしまった。
「そっか。ここはホントに死後の世界なんだ……」
無神論者であった俺はそんなものの存在を欠片も信じていなかったのだが、どうやら現実は違ったらしい。
「ちなみにボクは女神のリンカだよー」
そして目の前にいる少女はどうも女神様であるらしかった。
よく見れば人間では有り得ない程に整った顔立ちをしており、その周囲には暗闇の中にもあって柔らかい光を帯びていた。
発する雰囲気からも確かに普通の人間とは異なる印象を受ける。
「あの……それじゃあ、このあと俺はどうなるんですか?」
周囲には俺たちの他は見当たらない。
となるとここは一時的な滞在場所に過ぎず、この後で天国だか地獄だかに送られる事になるのだろうか。
もしそうなら出来れば地獄行きは避けたいところだ。
「うーんとねぇ、まず君の記憶を全部リセットしてぇ、それからどっかの世界の生き物に転生するんだよー」
俺の今後の予定は、天国や地獄行きではなく輪廻転生のようだった。
「そう……ですか。じゃあ俺が今覚えてる事もこれから全部忘れてしまうんですね……」
なんとも寂しい話だが、死んでしまった以上はもうどうしようもない。
せめてまた人間として生まれたいなとただ祈るばかりだ。
「そだよー。……ホントならねっ。でもホクト君ってば、とーっても運が良かったんだよっ! 君の来世はトラック転生ボーナスのお蔭で、異世界チーレム生活に決定なんだよー!」
そんなしんみりとした感傷に浸っていた俺を、女神リンカはいとも容易く現実へと引き戻してくれる。
「はい? 異世界チーレム?」
というのも、今一番嫌いなワードランキング第1位が俺の耳に届いたからだ。
「そうそう。異世界チーレムだよぉ。あれ、もしかしてホクト君ってば異世界チーレムを知らないの? ふふんっ、全人類男子の夢の結晶! それこそが異世界チーレムなんだよぉ」
背丈の割に無駄に主張の激しい胸を張りながら、リンカは自信満々といった表情でそう述べる。
「いやいやちょっと待ってください。異世界チーレムの事は知ってますけど、俺はそんな来世なんて望んじゃいませんよ?」
あんなもの、所詮欲に塗れた男共の爛れた夢の集塊に過ぎないのだ。
男が皆あんなものを好きだなんて勘違いしてもらっちゃあ困る。
「えー。ホクト君って、もしかしてさぁ? 異世界チーレムの素晴らしさを理解出来ない野蛮人なのぉ? ぷぷっ、うけるぅ」
だがそんな俺の言葉をリンカは一笑に付す。
「はぁ? なんだよそれ。馬鹿にしてんのか?」
目の前の存在が女神であるという事も忘れて、つい声を荒げてしまう。
「ねぇ……だってさぁ、ホクト君ってば、ちょっと頭堅過ぎなんだもん。笑っちゃっても仕方ないって、ぷぷっ」
だが俺のそんな態度など気にした風でもなく、女神リンカは尚も笑い続ける。
「くそっ、あんなのの一体どこが良いって言うんだよ!」
「ふぅん。だったらその身でじっくりと体感してくるといいよ。ハイこれどーぞ」
そう言ってリンカが何やら淡い光を放つ球体を俺の方へと向けくる。それはそのまま俺の身体へと吸い込まれて消えていった。
「な、なんだこれ!?」
「うーん。簡単に言うと異世界チーレムの素かなぁ? 沢山の能力が詰め込まれててね。異世界チーレム生活を送るのにとっても役に立つんだよぉ。例えばねー、魔法とか剣術とかを使えるようなったりー、一撫でするだけで女の子を惚れさせたりとかねー。そんな訳でこれから君は異世界チーレム生活をたっぷり満喫できるんだよー。やったねぇ!」
「いや待てよ! 俺はそんなの望んでなんか――」
「それじゃあ行ってらっしゃい~。良き異世界チーレム生活を送るんだよ~」
だが俺の言葉は途中で遮られ、そのまま足元にぽっかりと空いた穴へと落ちていく。
そうして俺の波乱の異世界生活は始まりを告げたのだった。
本日もう1話更新予定。