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 あれは確か、小学校卒業前にクラスで動物園に行った時だった。

 俺と美里は合格していたんだが、クラスの女子がひとり落っこちていた。しかもその女子は美里のことべったりで、青大附中に落っこちたことよりも、美里と同じ学校に行けないことの方がかなりダメージでかかったらしい。もっとも美里本人は「詩子ちゃん、別にひっこすわけじゃないんだもん、そんなに泣かなくたっていいじゃない」とまあ、かなり冷めたことを口走っていた。それがたまたまなんかの拍子で例の女子・藤野詩子に伝わってしまい、卒業までの二週間ほど口を利かない状況と相成った。

 それならそれでいいだろ、卒業なんだから。

 だがしかし、俺らのクラス担任は、天敵・沢口先生。俺と美里がこの三年間戦いつづけてきたにっくき野郎。なにかあると俺と美里をつるし上げる三十男ときた。いったい俺と美里に何かうらみでもあるんだろうか。あるんだろうなあ。こいつのクラスで俺たちが内申書ずたずただったにもかかわらず、青大附中に合格できたのは、やっぱりごまかしの聞かない一発勝負、試験成績だろうな。

 俺と美里が青大附中に合格しちまったのがそうとうむなくそ悪かったらしい。

「よし、卒業式前に、お前ら、一緒に遠足に行くぞ! 羽飛も清坂も別の中学に行くんだから、これが最後だぞ。参加しろ」

 だーれが、と思ったんだが、俺らはやっぱり悲しい小学六年生。

「行きたくないわよねえ、なんでよなんで!」

「しゃあねえだろ。さっさと抜け出すぞ」

 家で打ち合わせた後、俺たちはぶらぶらとそれぞれの友だちとしゃべりながら、サルとか虎とかアライグマとかフラミンゴとか見て回っていた。美里はすでに女子連中から浮き上がっていたので、いかにも「社交辞令」っぽい白々しいやり取りしかしてないようすだったが、あれは自業自得だ。あきらめろ。どうせ青大附中に入ったらすべてきれいにおさらばなんだからな。あいつのことだ、今のべたべたうっとおしい女子連中よかずっとましな友だち、できるだろ。


 さくの向こうであひるの群れが激しく鳴きわめいていた。えさの時間がからんでいたのかもしれない。とにかく一緒にしゃべっている相手の声も聞こえなくなるくらいだった。たまたま隣にいた友だちと、

「うるせえな。騒音公害だなこりゃ」

「だよな、だよなあ」

 耳をふさぎ、鼻をつまんでた。もちろんあひる連中に抗議なんてする気さらさらない。ただなんとなくってだけだったのに、いきなり奴が口を出してきやがった。

「そうか、羽飛でもそういうことを考えることがあるんだな」

「は?」

「お前らの態度も、今のあひると一緒なんだがな」

 隣には沢口がいた。わざわざ俺のしゃべったのを聞きつけて近づいてきたらしい。

 あきれはてたように、俺の答えも聞かぬうちに吐き捨てて立ち去った。

 ──そんなまずいこと言ったかよ。最後の最後までうっせえ奴だ。

 俺は目で思いっきりエネルギー衝撃波を送りつけてやった。


「醜いあひるの子の暗い話を聞いたことあるか?」

「ねえーよ」 

 帰り道、沢口は俺たち六年連中を前に、いきなり脈略もなく話し始めた。

「本当は白鳥だった、醜いあひるの子は美しい白鳥になるはずだった。アンデルセンの童話ではな。だが、それは間違いだったんだな。アンデルセンの童話では、『あひるの子』は『白鳥の子ども』だったんだ。しかし現実は残酷だった。あひるの子はしょせんあひるでしかなかったんだ」

全くわけわからねえ。この段階で三分の二は速攻、寝たと思う。俺も同じだった。

「ある日みにくいあひるの子は,催眠をかけられてしまい、自分を白鳥だと思い込んでしまったんだ。ある日、同い年の白鳥が、催眠にかかったあひるの子と出会い、真実を話すべきかどうか迷ってしまう。でもそれができなくて、白鳥は自分があひるの本来の姿だと偽って,演技をしつづけたんだ。結局のところ、醜いあひるのままだったけれど、催眠にかけられ、自分の姿が白鳥のままだと信じ込んだあひるは、苦しみも悲しみも感じずに一生を終えたという」

 なあに気取ってるんだか。悪いがそんなロマンチックぶってる沢口の言葉なんて、他の連中だあれも聞いてなかったぞ。俺だって美里だって、最初っから無視してたんだ。沢口が言葉の途切れる合間に、俺を何気なくねめつけるまではな。

 

 後で美里に、

「さっきの話、聞いたかよ。沢口の奴、いったい何を言いたいんだ?」

 同じ立場の者として、意見を求めた。美里は全く気がついていないようだった。

「別に、何も聞いてなかったけど。また寝言言ってるんだって無視すればいいじゃないの」

「けどな、あいつ一言一言言い終わるたびに、俺をやらしい目で見るんだぞ」

「あいつそういう趣味なのよ。貴史、逃げられてよかったね」

おいおいちょっと待て。俺は美里の頭を思いっきりはたいた。

「よっく考えろよ、なんもわからねえのかよ。沢口が言いたかったのはな、俺たちが青大附中に行くなんてしょせん、あひるが白鳥の湖にぽっちゃんって飛び降りるのと同じことだってこと、言いたかっただけなんだぞ。あの野郎、よくもまあな。どうする美里、お礼参り、やるか?」

 ねぼけた顔で美里はやっぱり、ぼけっとしたまま答えた。

「いいじゃないの。あひると白鳥、仲良くやってけば。貴史もめずらしいね。そんなたとえ話にかっとなるなんて。ほんとばっかじゃないの。そんな暗い話するよか、卒業式終わったらさ温泉旅行貴史のうちと一緒に行くらしいよ。それ、聞いてない?」


 ったく、どっちがばっかなんだか。

 沢口の奴は俺たちが青大附中に行くことを、「白鳥のみずうみにあひるが飛び込む」のと同じだって言ったんだぜ!どうせ俺たちはがあがあうるせえあひるなんだから、白鳥のどっさり泳いでる青大附中では浮いちまうに決まってる、ざまあみろってな! ばかにしてるよな。美里、お前頭にこねえのかよ!  


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