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それでもネコは生きている  作者: でらく
3/5

02●──ポケットは、ない。

 以前。

 いまよりずっと新人だったころ。

 空から美少女が落ちてくるネタを編集部におくって、速攻で却下された苦い記憶がある。ベタすぎる。ふざけてるのかと叱られた。厨二設定のハーレムネタもたいがいだと思うが、それ以上に陳腐なネタだと鼻で否定された。

 逆にいえば、落ちてきたあとの展開をよほど上手く描ききる自信と筆力がないかぎり、うかつには手をだすなということだ。

 あらためて、状況整理:

 一、俺のオタ部屋もとい仕事場にネコミミ&シッポを生やした謎の美少女がいる。

 一、俺のことを「ご主人様」と呼んだ。

 一、その娘は気配も予兆もなく、いきなり俺の部屋に現れた。空から落ちてきたわけではないけれど、どこかから落ちてきたのはまちがいない。

 俺も一応は作家のはしくれ、ましてSFやらファンタジーが専門だ。一生に一度くらいは、理屈では説明できない不可思議現象に遭遇してみたいと思ってたりもした。いまがまさにそのとき……なのだとしても、いったいなんなんだろう、このベタベタ感。

 というか、客観的に俯瞰すれば、けっこう恐怖現象なような気もしないでもない……わりには、思いのほか冷静でいられている自分にびっくりだ。状況の異常性に、感情が追いついてこない。

「……つか、マジ、キミ、どこから部屋にはいってきたつーか、現れたの?」

「んーと、えーと。あっち……かな?」

 少女は自信なさげに天井を指さした。

「あっち?」

「です♪ あ、避けないと危ないですよ」

「危ない?」

 つられるように見あげると、天井から吊り下がる蛍光灯の真下あたりに、ぼう……と黒いもやのようなものが渦を巻きはじめた。

 なんだ……?

 遠近感が、あきらかにおかしい。

 なにもない空間に、そこだけ球状にぽっかり穴が開いてゆらゆらとゆれているというか、燻ってるというか。

 極小の黒いオーロラ……空間そのものが歪んでるような……?

 ポンッ

「を?」

 怪しい黒もやが収縮したかと思いきや、いきなり弾け──ポコッとなにやら丸い物体が、なにもない空間から飛びだしてきた。

「いたっ」

 弓なりの軌道を描き、そいつは狙ったように俺の顔面に落ちてきた。

 目頭に軽い火花。

 足元に転がったソレは、サッカーボールくらいの大きさの銀色の球体だった。椅子から立ちあがり、拾いあげてみる。思ったより重くない。透明なクリスタル素材で表面が覆われているようで、内部のメカメカしいなにかがキラキラと透けて見えている。

「なんだ、これ?」

 俺の貧弱な人生経験ではじめて見る素材。それ自体が発光しているわけではなく、まわりの光を集めて発散してるよう。正視してるとやけに目がまぶしい。

 天井の黒いもやは、いつのまにか消えていた。

「えーと」

 ……なにがなにやら。

 とりあえず、このネコ少女もいまみたいに黒いもやみたいなもののなかから現れ──落ちてきたと思われ。

「と、いうワケで。よろしくお願いしますです、ご主人さま♪」

 ちょこんと床にへたりこむような恰好で、ニコニコと悪意のない笑みをむけてくる。さっきまでまくれあがっていたスカートは、いまもまだちょっとはだけたまま。にゅっと伸びだしたシッポの先端が、ヒョコヒョコと陽気にゆれている。

 そうだった。

 銀色のサッカーボールより、気にするべきはこっちのネコ少女。思わず現実逃避するところだった。いや、できればいまも、なにもなかった、おきなかったことにして仕事にもどりたい。

 ふだん奇妙奇天烈非現実な日常話を書いてるのに、いざ我が身にふりかかってくるとどうしたらいいやら惑ってしまう。俺ってアドリブ弱えーよなー。つか、自分でネコって名乗ってなかったかな、この子?

「あの、ご主人さま?」

 俺がしばしマヌケ面を晒して無反応だったせいか、少女は首をかしげて怪訝なをした。

「あ、いや、あの。なにがどうよろしくなのか、さっぱり」

「あ。そうでした。これ、ママからご主人さま宛のメッセージです」

 ネコ少女は胸元から紙片を一枚とりだした。ワンピースの胸元はかなり大きくひらいていて、谷間がしっかり見えている。オッパイは、かなりおっきぃ……てゆーか、ブラしてない……?

 魅惑の谷間部分から目線をあわてて反らし、少女の手から紙片をおずおずと受けとる。


 ──我が親愛なるご先祖へ あたしの娘を預ける

             煮るなり焼くなり 好きに犯ってくんな──


 そんな文章が、達筆で記されていた。

「……ええと。いったい、どこからどうツッコんだらいいやら」

 つか、〝犯〟……?

「もちろん、ツッコむのはここにきまってるです、ご主人さま♪」

 ネコ少女はふらりと立ちあがると、おずおずスカートをたくしあげてきた。

 ポ……と頬を赤らめ、羞じらうようなしぐさで水色の縞パンを見せつけてくる。

 半眼開きの流し目で、熱っぽいまなざしをチラチラッとむけてくる。

 俺を、誘っているらしい。


 ここで質問:可愛いネコミミ少女がある意味究極の萌えポーズで誘惑してきます。男として正しい行動は?


 答え:誘われるがまま押し倒す!


 ブッブー!

 それができるのは、女性のあつかいに慣れたイケメンリア充だけです。

 中学高校時代を通して同級生の女子とまともにしゃべった経験もなく、今後も女の子とまともに話す機会などあるわけないとすでに人生を達観していた、素人童貞ですらないオタ男に、そんな度胸も行動力もありません。

 ゆえに正解は──たじろぎ、あとずさる!

 実際、俺は反射的にそうしてしまっていた。

「チョー、タンマッ、タンマ! 俺は三次元には手をださない主義っつーかポリシーつーか──!」

 据え膳喰う度胸すらないそのヘタレっぷりを素直に認めるのもシャクなので、言い訳をこしらえ男の矜恃を保とうとする……あたりが、ますますヘタれてる。

「ふに? 遠慮しなくていいんですよぉ、ご主人さま♪ ご主人さまの子種を仕込んでいただくのが、わたしの使命なんです。ご主人さまの精子、わたしの子宮に注いでください♪」

 スカートをたくしあげ、縞々パンツを晒して一歩、二歩、にじり寄ってくる。無邪気な笑みを満面にうかべたまま。

「いやっだからっ、リアルでそんなエロゲライクなセリフきかされても 心の準備ってゆーか、おれの存在意義レーゾンデートルが唸って拒むぅっ──」

 にじり寄られたぶんだけ、あとずさる俺。

 なのだけど、惜しげもなく露出されたネコ少女の下半身から目が反らせないのは、これがっ、これがっ、これがっ! 男の性というものなのかぁっ──!

 思いのほかきゅんとくびれた細い腰に、白いお腹、愛らしくぼんだおヘソ。やわらかな稜線を描く下腹部。縞々のパンツにつつまれた股間から伸びる、ふっくらした太股。すらりとした脚。男を扇情するひとつひとつのパーツが巧みに集積し、合体し、官能めいた風情を描きだしている。

 思わず生ツバごっくん……じゃなくってっ!

「うに? ヘンですねぇ? こうやってパンツ見せて、ダイレクトエロなセリフで迫れば、たとえヘタレで二次元主義者なご主人さまでもイチコロだって、ママはいってたのにぃ」

 きょとんと訝しむしぐさをしつつ、なおもスカートをまくりあげた恰好のまま迫ってくる。二十歳もなかばに至ろうとするこの俺をして、いまだ未踏未見な美少女の聖地が、聖地が、ゆらゆらっ、ゆらゆらぁっ──!

「いやっ、それはなにかまちがった情報──そもそもおれは、三十路みそぢになって魔法使いになるのが大願成就ぅっ──!」

 ネコ少女がなにをいってるのかいまいち不明だったが、それ以上に俺のパニくりぶりもたいがいで。

 すでに何度か説明したが、いま俺が立つこの部屋はオタグッズが散乱して足の踏み場もろくにないありさまだった。おまけに少女がここに落ちてきた際のちょっとした衝撃でジェンガのごとく積んであったモノまでが多々崩落し、混雑ぶりに拍車をかけていた。

 でもってパンツ丸だしなネコ娘ににじり寄られ、耐性のなさを暴露しながら反射的になおも後ずさった、そのとき──

 ぐきぃっ

「痛ぅ──!」

 床に落ちていたコミック本やら小説単行本やらの一冊を、俺はうっかり踏みづけてしまった。本の背の硬いカドの部分が、ちょうど土踏まずのやわらかな部分に、思いっきり喰いこんできた。

 実際はそんな思わず声をあげるほど痛かったわけではなく、むしろその唐突な感触に驚いたというのが正しい。いずれにせよ俺はバランスを失い、ぐらりと後方へ身体が傾いでいく。

「を? をっ?」

 なにか掴まるものを求めてとっさに手を伸ばしたが、両腕ともぐるぐると空振るばかり。踏ん張りきれない。スローモーションのように周りの景色が流れ、ネコ少女の顔に驚きの表情がひろがっていく様まで、俺はしっかりと見てとれた。

 背後には、フィギュアやらDVDやら書籍類を詰めこむだけ詰めた本棚。そこへ、狙い澄ましたかのような背面ダイブ。

 がらがらがっしゃんっ

 古典的な擬音とともに、本棚倒壊。

「をごあっ!」

「ご主人さまぁっ──」

 棚につめこまれていた我がコレクショングッズの数々に全身殴打されながら──俺はそれらグッズとともにその場に崩れ落ちた。


 ……もうすこしで、自分の部屋で遭難するところだった。

 崩落散乱した本、トールケース、オタグッズ累々を部屋隅へむりやり掻き避ける。

 空いたスペースにネコ少女がちょこんと正座座りし、シッポがにょろにょろとゆれている。

「いつつ……」

「すごい音がしました。大丈夫ですかぁ、ご主人さまぁ?」

「はは、まあ、なんとか……」

 やや上目遣いに心配げなまなざしがむけられ、俺はいささかバツが悪そうに口許を歪める。少女の真正面に、つられるようにこちらも正座座りする。

 さっきから「ご主人様」と呼ばれるたび、なんだか妙にいてもたってもいられない気分だ。ちなみに俺は、メイド喫茶のたぐいにいったことがない。なので「ご主人様」呼ばわりされることへの耐性もゼロ。

 本棚崩落にともなう衝撃と痛みのおかげで、かえっていくらかおちついてきた。

 あらためて、少女の珍奇な恰好をしげしげと観察してみる。

 風変わりではあるが、目が覚めるような美少女であるのはまぎれもない。

 カスタムドールあるいはカスタマイズドドールと呼ばれる、一般的なフィギュアとは一線を画する愛玩人形がこの世には存在する。専門家ではないので詳しく語る資格は俺にはないが、要は基本となる素体に衣装を着せたり化粧を施したりして好みの容姿につくりあげた人形のことをいう。

 目の前の少女からは、そんなドールに生命を吹きこんだような印象があった。いやもちろんネコ少女は頭身バランスも目、鼻、口等のサイズも配置も一般的な人間のそれで、けっしてアニメやゲームの美少女キャラ的なデフォルメがされているわけじゃぁない。

 ただ、なんというか……全体から醸される雰囲気に違和感というか、造りモノめいた不自然さを抱いてしまったのだ。そもそもネコミミやシッポが生えてる段階で自然派生的な存在ではなく、あきらかに人造的な、人為的に創られた感がありありなのだけれど……

 つか、耳!

 ふつうの人間とおなじく、少女の顔の両側には横髪に半分隠れるようにちゃんと見慣れた耳がついていた。してみると、頭部についてるネコミミは、いったい……?

「で、ええと」

「はい、なんでしょう、ご主人さま」

 このままただむきあってるだけでは埒が明かないので、とりあえず状況確認と事情説明を試みる。高校時代クラスメートの女子とまともに喋った記憶もないヘタレ童貞野郎が、うら若き美少女と対面で話すという超レアイベントに緊張が隠せない。声がついつい裏返りそうになる。

「……どうして、俺のこと、ご主人様って?」

「だって、ご主人さまはご主人さまですから♪」

 語尾に「♪」マークをつけて無邪気に微笑む。「にゃ」はつかないらしい。

「ああ、そう……」

 小さく深呼吸をして動悸を抑える。頭のなかで思考を必死に整理。「どこから」「どうやって」ここに現れ、「どうして」いま俺の前にいるのか? 疑問は尽きず、どれから訊けばいいのか迷いも尽きない。

「とりあえず……キミ、いったい、どこから……きたの?」

「もちろん、ママのお家からです」

「もちろん……? ええと、そのママのお家って、どこにあるのかな……?」

「どこに、ですか?」

 ネコ少女は質問の意味がよく呑みこめない様子で首をかしげた。

 しばし考えこむそぶりを見せてから、ポン♪ と、手を打った。

「ああ、そっか。もちろん未来にきまってます。三二世紀の未来からきたっていっておけば、とりあえずご主人さまなら納得してくれるだろうって、ママがいってたです、はい♪」

「さんじゅうに……せいき……?」

 納得は……できないなぁ。

 だが、とりあえずはそういうことにしておこう。そう、とりあえず、とりあえず……便利なことばだ、とりあえず。

「……んで、そんな遠い未来から、なんのために俺のところに?」

「もちろん、ご主人さまをキョウセイしてさしあげるためにきまってますにゃん♪」

「は?」

 にゃん?

 いま、にゃんっていった? 「にゃ」はつかないと思ったのは、俺の早合点だったのか……って、いやいや、論点はそこでなく。

『矯正』

 手元にある新明解の辞書によると「誤り・欠点などを直して、正しくすること」とある。その右隣には『嬌声』という単語がならんでいて、むしろ俺的にはこっちのことばであっ0てほしかったと思わないでもない。あるいは『共生』『強制』『教生』等々のことばもあるけれど──文脈的にネコ少女が口にした「キョウセイ」が『矯正』なのは明解だった。

 そうか、未来から視たら俺の存在は誤りなのか……

「もうすこし詳しく」

「あ、はい、えっとですねぇ……記録によると、ご主人さまはママのご先祖様のなかでも、とりわけヘタレなんだそうですっ♪」

「ああ、そう……」

 そこに♪マークは要らない。つか三二世紀まで伝わるのか、俺のヘタレさは。

「ヘタレってどういう意味か、わたしはよくわからないですけど、とにかくキング・オブ・ヘタレなんだそうです、ご主人さまは。一族の系譜における汚点、ブラックホールの特異点も真っ青だって、ママはいってたです」

「思わず子孫が歴史矯正したくなるほどっ?」

「はい♪」

 わぁ、躊躇なくにこりと微笑んじゃったよ、このネコ娘。

「ってことは、アレかっ! アレなのかっ?」

 思わず頭を抱えこむ。

「将来、俺は歴史に名をのこすほど凶悪非道な性犯罪者とか猟奇殺人者になっちまうってことなのかぁっ」

「えーと、それもわたしにはよくわかりませんけどぉ、ママによると、とにかくすべてが中途半端に中途半端なのがダメダメなんだそうです♪」

「うわぁ、グサリとくるなぁ、そのことば。──で、それを矯正しに、キミが未来からおくられてきた、と?」

「ですっ」

 エッヘンということばがきこえてきそうなほど鼻高々に、ネコ少女は胸を張った。ゆれた。なかなかみごとに。

「……なんだかなぁ……その、未来からきた青いネコ型ロボット設定は……」

 ため息。

「──はっ! もしかして姉貴が三二世紀まで生き延びるとかっ? いやいやっ、あの姉貴なら充分ありうるっ」

「はい?」

「いや、こちらの話……とにかく、そういうのはまにあってるから。そりゃまあ、作家的には美味しいネタだし、もったいない気もしないでもないけどね。けど俺は日常に変化はもとめない主義なんで。未来製の摩訶不思議な便利グッズもいりませんので、慎んで未来にお帰りください」

 少女の対面に座したまま、三つ指をついて退去を乞う。

「それはムリですにゃ。タイムマシンは一方通行で、過去から未来へもどることはできないって、ママがいってましたから」

「なんですとー?」

 なんだかいま、ものすごくさらりと、とんでもないことを言い放ったよーな。

 未来から過去への一方通行?

 てことはなんだ? 目の前のこのネコ娘は未来へは帰れないとゆーことで、それはすなわちずっとここに居座るという……?

「大丈夫です、ご主人さま♪ ご主人さまの性格矯正は単なる名目、手段だそうですから」

 事態の深刻さに気づいてないのか自覚がないのか……少女は正座したままピラッとスカートのすそをまくりあげた。

 はらりと布地が裏返り、すらりとそろったふっくら白い太股が目に飛びこんでくる。水縞のショーツに包まれた下腹部と股間が描く、Y字のラインが……童貞男の目に毒ってゆーか……

 男の本能が思わず凝視を理性に命じてくるが、叶うかぎり視線をそらして平静を装う。

「いやあの、どうしていちいちスカート……まくるのかな?」

「だってご主人さまの子供を孕むため、わたしはここにおくられてきましたから♪」

「あー、うん?」

 さっきも子種がどうのとかいって迫ってきたから、まあ、そういう回答、なんとなく予想はついてましたよ? けど、その屈託のない爆弾宣言に、どう反応してよいやらさっぱりわからんっ。

 にしても。

 は──らむ

 ……ねぇ?

 そーゆーふだん耳慣れないことばの響きだけでもう動悸が激しくなってきてしまうあたりに、経験と免疫のなさが露呈してしまっているわけで。これがリア充なら、すわ「いいの?」とききかえすくらいの余裕もあったりするのだろーけど、俺にそんな高度なことばのキャッチボールはまず無理だ。

「というわけで、さっそくどうぞご賞味くださいませ、ご主人さま」

「うわわっ、だからそんな無防備な格好で迫ってこないで──」

 余裕どころか、むしろ迫られて狼狽えるヘタレがここにいる。

「はにゃ? でも、ご主人さまと子作りするため、積極的に迫るようママにいわれてますから」

「そ、そういうことではなくて──」

 はたしてこのネコミミ少女は、自分がどれだけヤバい言動をしてるのか、どこまで自覚してるのやら。たしかに美少女なんだけど、正直、ちょっとオツムのほうはユルそうだ……いやいやっ。

「むぅ、困ったですねぇ。どうすれば、その気になってくれますか、ご主人さま? あ! そうだ」

 なにかを思いだしたように、ネコ少女はポン♪ とまたまた手を打った。たくしあげられていたスカートがもとにもどり、露わになっていた水縞ショーツがやっとかくれる。

 俺はいささかホッと安堵し──たのも、つかのま。

「ご主人さまはヘタレ大魔神だから、パンツ見せるだけでは効果は薄いかも──ともママはいってましたです。そういうときは、思いきってパンツを脱いで迫るのが対処法だって♪」

「わぁぁぁぁっっ! 脱がなくていいっ、つかお願いだからそれ以上、俺を惑わさないでくれぇっ!」

 ネコ少女が自分のスカートのなかに両手をつっこんで本気で脱ごうとしてきたので、俺は頭を抱えて絶叫してしまった。

 そりゃぁ、俺も男だし、なによりオタだ。ぴょこぴょこ動くネコミミやらシッポに興味が惹かれないではない。触ってみたい、弄ってみたいという欲望くらいはゾワゾワ、ムラムラと心の奥底から無限に湧きでてくるとも。

 だとしても三次元的リアルコミュニケーション成分が圧倒的に不足しているこの俺に、美少女を押し倒す勇気と根性を期待されても対処のしようがない。パンツ一丁で南極大陸横断を期待されるようなものだ。

 そう、たとえ女の子のほうからスカートの中身を晒して迫ってきても、それでも怖じ気づくくらいでなければ、キング・オブ・ヘタレは名乗れないっ!

 ……名乗ったつもりはないし、名乗りたいとも思わないけど。

「と、とりあえず、すこしおちつこう……ね、キミ?」

 ……まずおちつくべきは自分だな。

「ていうか、俺の子供を……その、孕むってどういうこと? マジで、俺と子作りするため未来からおくられてきたの?」

「そうですよ、もちろん」

 半腰状態でスカートのなかに両手をつっこんだまま、俺のほうへ顔をむけてにこりと微笑。

「もちろん……ねぇ。で、なんのため……?」

「さあ?」

 少女はあっさり肩をすくめた。

「いや、えっと……そこがいちばん肝心なことだと思うんだけど……?」

「んーと……種の存続がどうの、循環がどうのとか、ママはいってました。あとは、ご主人さまに、自分で考えさせろって。職業柄、想像はつくはずだからって」

「あー、うん」

 時間テーマのSFもすこしは読みこんでる。ウェルズはいうにおよばず巨匠アシモフの『永遠の終わり』にアンダースンの『タイム・パトロール』……

 で、子作り……というか生殖(?)テーマが絡んでまっさきに思いうかぶのは、ハインラインの『輪廻の蛇』と、そのインスパイア的な傑作(と、個人的に思っている)広瀬正の『マイナス・ゼロ』あたり。まあ、『マイナス・ゼロ』は『時の門』と併せて語るのが正統なのかもしれないけど。

 いやでも未来からネコミミ少女がおくられてくるパターンは俺は知らない。いちばん近似するのは、やはり国民的有名な…………アレ。

「ところで、さっきからママっていってるけど、それって?」

 とにかく、情報がまだまだぜんぜん足りてない。

「はい。もちろんわたしのお母さん……わたしを創ってくれた、そうぞうしゅです」

「そうぞ……」

 創造主。

 すると、やはりこの少女は……?

「んで、キミのその耳とシッポ、本物……?」

 結局、どうしても興味はそこにむいてしまう。男の性だ。

「えっと、耳とかシッポに本物でないのってあるんですか?」

「いや、その顔の左右についてる耳じゃなくって、頭の上についてるほう」

「あ。これですか?」

 少女はようやくスカートのなかから手を抜き、自分のネコミミに添えた。スカートの下から伸びた猫尾がひょんこひょんこと元気にゆれる。

「えっとですねぇ、ママの話だと、コレとこのシッポは識別用のマーカーだそうです」

「マーカー? なにを識別するための?」

「もともとは自然発生人種とバイオロイドを外見上、区別するためにもうけられたものだって……よくわからないですけど」

「ふぅん。すると、キミってやっぱりバイオロイド……?」 

「あ、はい、そうです。わたしは、遺伝子プールの海からママがご主人さまの嗜好に合うよう厳選したDNAを元に創られた人造人間、らしいですにゃ♪」

「……なるほどね」

 たしかに俺の好みにぴったりすぎるぞ、このネコミミ少女。わざわざ俺の嗜好に合わせて創造されるとは、なんという貧乏クジをひかされたものだと同情を禁じえない。

 にしても、ネコ型バイオロイドが、未来からご先祖の矯正にやってくる……か。

「やっぱり、アレだな」

「うにゃ?」

「いや、こっちのこと……ていうか、キミ、マジに底なしのポケットもってて、そこから未来の便利な道具、とりだせたりする?」

「にゃ? ポケットはないですけど、ポシェットなら」

「うん、そうだね」

 少女はワンピースの衣装に色をあわせた愛らしいポシェットを提げていた。開口部は差込金具式で、合成皮とはまたちがうなんとなく未来っぽい資材でできている。なかなかオシャレだ。

「あと、穴ならここに♪」

 ピラ☆

 ……またスカートに手をかけ、まくりあげてくるし。羞恥心をどこに落としてきたんだ、この女の子?

「いやだから……見せなくていいから」

 いやもちろん本音をいえば見たくはある。けれどそれを認めると、自分の裡でなにか大切なものを失うような気がして……だから、意地でも目をそらさないではいられない。やせ我慢も男のスキルだ。

「脱がなくてもいいですか、パンツ?」

 上目遣いに、なぜか残念そうにきいてくる。

「……断固、拒否する」

「むぅ。ご主人さまは、わたしのこと、お嫌いですか? うるうる」

 ……やけにわざとらしく、瞳を潤ませてくる。おそらくはママとやらに、ことばは悪いが──相当、仕込まれてきたっポイ。

「いや、だからっ。出会ったばかりの女の子とコトにおよべるほど、俺はっ俺はっ俺はっ──」

 男としてアレがアレする千載一遇のチャンスなことは認めようっ。あるいは一生にいちどのモテ期がいま、いかにも俺らしくいびつな形で到来しているのかもしれない。

 俺の股間がいま! 熱くバーニングしてる事実も認めよう。

 だがっ、だがっ──圧倒的に、経験値が足りないっ、つか、ゼロ。否っ、むしろマイナスっ。二次元ならどんとこいな自分が、いまだけは恨めしいっ!

「あ。ちなみにわたし、創られてまだ三ヵ月ほどのピッチピッチです♪」

「は?」

「ご主人さまのストライクゾーンにまちがいないって、ママが♪」

「俺はいったい、なんのロリコンだぁーっ!」

 ポッ……と愛らしく頬を朱に染め、上目遣いに瞳をうるうるさせ、水縞ショーツを大胆に見せつけ、計算づくの誘惑萌えポーズでにじり寄ってくる。

「ご主人さまのセーシ、ください♪」

「いやっ、だからっ、そーゆーのは、お互い、もっとよく知り合ってからでないとっ。なにより、愛があってこそ成立すんだと俺は思うなー、そーゆーことはっ」

「愛? 愛ってなんですかぁ?」

「なにって……ええっと」

 説明しようとすると、答えづらい概念、それが「愛」。いやまあ二次元世界で流通しているご都合主義仕様の「愛」なら語れないこともないけれど。

「性欲とはちがうですか?」

「ちがうちがう。いや、ぜんぜんちがうとはいわないけど、それも包括してこその愛で、いわば部分集合と全体集合、可算と非可算──てか、そういやキミっ、未来には帰れないんだよね? てことは、やっぱ俺と一緒に暮らすの前提──?」

「ダメですか? ご主人さまに拒絶されると、わたし、とっても困るんですけど、ぐっすん」

「いやいや、そりゃぁ、俺もノベル作家のはしくれ。こういうシチュではなにをどう抗ってもムダで、すべて予定調和に終始するのは理解してるつもりだが──!」

 いくあてのない女の子を追いだすような鬼畜なマネはもちろんできない。とはいえ美少女と一緒に暮らすなんて、いったいどれほど緊張を強いられることか。想像しただけで胃が痛い。たいがいの男が憧憬する美味しい状況より、気楽な日常の維持を俺は選びたい。

「つか、名目上は俺の矯正にきたっていってたけど、具体的になにかしてくれたりするのかな──?」

「ですから、子作り、下半身のお世話♪」

「それ以外でっ」

「ええと、とりあえず、お料理とか、お掃除とか? そういうのをしてさしあげると、ご主人さまが非常に大助かりだって、ママがいってました」

「そうそう、そういう女の子らしいのを期待してたんだよっ。てゆーか、それ、ただのお世話で矯正でもなんでも──いやでも、本当に大助かりだなぁ。とくに料理! 料理、いいねっ、料理っ! 若い女の子の手料理、最高っ。料理できるんだ、本当に?」

 ……健全方向へなんとか話題をそらそうと、無駄に必死になってる俺がいる。

 ネコ少女はニコッとかわいらしく微笑んだ。エッヘン♪ と、胸をゆらす。

「おかませくださいです、ご主人さま。お料理に関する知識なら、ママがばっちり頭にインプットしてくれました。プラス、シミュレーター訓練」

 未来世界。生まれてから三ヵ月。そのあたりの要素を考慮すれば、まともに料理をしたことなどなさそうな感がありありなのだが、まあ、深くは考えまい。少女本人は無駄に自信満々な様子だし。

「なんだかよくわからないけど、そういうことなら……まずはキミの料理の腕をぜひ披露してもらおうかな。ほら、これから一緒に暮らすなら、大事なことだからね。それにいまは夕飯のしたくにちょうどいい時刻だから」

「わかりましたー♪ じゃ、ご主人さまのためにお料理、つくっちゃいますねー」

「ああ、よろしく。あ、キッチン──台所はあっちだから」

「はぁい」

 台所方向へ指をさすと、ネコ少女はパタパタと足早にそちらへ消えていった。

 そのうしろ姿を見送りつつ、途方に暮れる。

「なんだかなぁ……」

 この先、いったい俺はどうしたらいいのやら。二次元世界では美少女に押しかけられて同棲をはじめるのは茶飯事イベントで、主人公もなんだかんだと受けいれてしまうわけで……まあ、結局、いまだ事情もよくわからないまま俺も受けいれてしまったわけで……というか、受けいれざるをえなかったというべきか……

「大変です、ご主人さまっ!」

 俺が真剣に先ゆきを案じていると、ネコ少女が血相を変えて台所から飛びだしてきた。シッポがピィンと突き立っている。

「な、なに? ど、どうした──?」

「お料理の材料がなにもないですっ!」

「あ。うん。料理の素材どころか、調理道具も調味料もないだろーね」

 ふだん料理はまったくしないのでもちろんそろってるわけがないことを、いま思いだした。

「それじゃあ、お料理、できないです」

 がくーと肩を落としてしゅーんと声を震わせる。

「ポシェットから、だせない?」

『マイナス・ゼロ』を初めて読んだのは中3か高1のときで、そのときはこんなSFがあるのか! と、本気で感動しました。ずいぶん昔の話になりますが。

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